私はマンションのロビーでエレベーターを待っていた。
彼氏の家を深夜24時に出て、車で送って貰ってきたところだ。
エレベーターは3階にあった。
2階、1階、そして地下へと降りて、また1階に上がってきた。
「チン」、と音がして、エレベーターの扉が開いた時、どきっとした。
女の人が乗っていた。
五十歳くらいだろうか・・・主婦のようだ。
両手を自分の前で重ねたようにして、うつむいて立っている。
どきっ!としたのは、その人が、入り口に背を向けていたからだ。
ガラス張りで外の見えるエレベーターならいざ知らず、こんな小さなマンションの、五人も乗ったら窮屈な感じのするこのエレベーターに、一人で壁の方を向いて乗っているなんて。
私は乗るのをためらった。
だが、その後ろ姿からは攻撃的な感じは見受けられない。
小柄で、着ているものだって母や近所の主婦達とたいして変わらない。
大丈夫だろう、と判断した私は、エレベーターに乗ることにした。
さりげなく乗り込んでドアを閉め、4階のボタンを押して、また、あれっと思った。
どこの階のボタンも押されていなかったのだ。
住人ではないのだろうか?
エレベーターの操作がわからない?
何階に行くのか聞いてみようか。
だが、私がそんなことを考えている間もその婦人は少しも動かないままで、声をかけることができないまま4階に着いてしまった。
一緒に降りてきたらどうしよう、と思ったが、自然にドアが閉まる音が背後にしただけで、その人が動いた様子はまったく感じられなかった。
眠っている母を起こさないように風呂に入り、冷蔵庫を開けると、風呂上がりには欠かせないいつもの牛乳を切らしていることに気づいた。
私の喉は習慣で、こんなにも牛乳を欲している。
マンションのすぐ近くにコンビニがある。
夜中に出向くことも珍しくない。
私は財布を持ち、ドアに鍵をかけてエレベーターに向かった。
エレベーターは4階にあったので、下向きの矢印ボタンを押したらすぐに扉が開いた。
ぎょっとした。
先程の女の人が、まだ同じ姿勢のまま乗っていたのだ。
「恐い!」と感じ、今度は「乗れない」と思った。
私はその人が振り向いたりしない事を祈りながら階段のほうへ向かった。