右手に刃物

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

書かせてください。
自分はバイトで病院の受付をしてる。

十日くらい前の話なんだけど。
バイト先へ向かい、地下鉄を降りたところで様子がおかしいことに気づいた。

通路を真っ白い顔のおじさんがのしのし歩いてきていて、通路わきにいる数人が振り返ってその人を見てる。
歩いている人が、患者のSさんであることと、その右手に刃物があることに気づいたのはほぼ同時だった。

普通に家で使うやつよりちょっと細くて鋭いやつだった。
たぶん刺身用?
真顔で、こっちに向かって速度を上げて走ってきた。
通行人が何人かこっち向いて固まってた。

どうすればいいのかわからなくて、「あの、Sさん?」と声をかけると、ひるんだみたいで急に立ち止まった。
それから、うなずいて、「ああ。すみません」といって刃物にハンカチを巻きつけながら出口へ歩いていった。

たぶん十分くらい動けなかったと思う。

警察に通報すべきだったのかもしれないけど、ぜんぜん考え付かなかった。
とにかくバイトにいかなきゃ、て事しか頭になくて、そのまま病院にいった。

病院で、Sさんは少し前に近所の人に暴力をふるったために、今日心のほうの病院に入院する手はずだったが、逃げ出して行方不明だと聞かされた。

駅で見たことを報告すると、先生がどこかへ連絡を取っていた。
一時間くらい後にSさんはちゃんと入院できたと電話が入った。

そのときはあんまり何も考えられなかったから怖くなかったけど、後になってみると怖い話。

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