その小屋にはいきたくない

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

親類が昔、燃料店を営んでいた。
今は家長の叔父さんは癌で亡くなり、長男が家を継いでいる。
親類の家は山を幾つも持っていたが、山と言っても、頂点を境に斜面を三分割した一部とか、そういう意味での幾つも・・・だ。

植林は材木にはならず、伐って炭にしており、そのための山番が炭焼小屋を建てて住んでいた。

山番は焼いた炭の売上から何割かを親類に支払うのだが、かなり厳しい生活をしていて、母に聞くと中年の子供のいない山番夫婦も食うのがやっとだったそうだ。
それでも山に行くとにこやかに笑って出迎えてくれるのを、私も一度か二度見ている。

そんなある日、一緒にいた奥さんの方がとうとう逃げた。
山には辿る林道の境などに、よく近隣の山の人も来るので、何もないながら人が集まる時もある。

誰かと出来て駆け落ちしたか、借金生活が嫌だったのかは分からないが、残った旦那さんはそれから酒ばかりでアル中のようになり、仕事もせずにいるようになったので独りでどうしているかと叔父さんが様子見に行ったときに、窯の中に入って自死していたそうだ。

小屋の中は綺麗に片付けてあり、残した紙袋の中から、結婚前の奥さんの写真や手紙があるだけだった。

その後、この小屋は薪の倉庫にしていたが、どうしたことか叔父さんもこの山には行くことをしなくなった。
黙ってられないのは、婿養子の叔父さんの女房の方で、叔母さんは先祖代々の山が汚れるのが我慢できず、長男をせき立てて清掃に行かせたが、長男も一回行ったきりで止めてしまった。

後日、長男の奥さんから妹が聴いたところでは、あそこの小屋がとても寂しくて嫌なのだという。
寂しいとは何かというのは、山番夫婦が揃って笑って出迎える姿を昼日中に車から見たからだという。
そういうのが叔父さんもどうも行きたがらない理由のようらしかった。

小屋はもう取り払って、その山では炭を焼かないことにした。
今日、少し早いお歳暮が、長男から我が家に届いた。

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