知り合いの話。
彼は現在、山中のレンタル菜園場と契約している。
土地だけを年単位で借り、そこで好きな作物や草花を育てるシステムだという。
元は団地になる予定だったらしいが、バブルが弾けたせいで開発が中途半端に終わり、結局菜園という場になったものらしい。
週末になると夫人と連れだってそこに行き、野菜の世話をしているそうだ。
いつの頃からだろう、菜園を荒らす者が現れた。
大根を引き抜いていると、その内の何本かに囓った痕がある。
どう見ても人の歯型であるらしい。
何かの悪戯かとも考えたが、どうにも腑に落ちなかった。
菜園仲間と話す中で、他の人達も被害に遭っていることを知った。
不思議なことに、被害は大根ばかりに限られている。
しかし、一番古株のOさんの畑の大根だけは様子が違っていた。
毎回毎回、地上に出ている青首だけを残して、地中の部分は綺麗に丸ごと食われているのだ。
「Oさんは野菜作りが上手いから。大根も大きくて立派だし、味もさぞかし良いんだろう」
誰かがそう言ってから、不気味がっていた仲間内の空気が一変した。
誰の大根が一番食べられるのか。
誰の大根が一番美味いのか。
そんな奇妙な競争が、現在菜園では、静かに繰り広げられているのだという。
正体不明の畑荒らしを審査員として。
それまで大根を作っていなかった者も参入してきており、何とも変な活気が出ているそうだ。
「いやいや、儂の農家としての腕前は、まだまだだと思い知ったよ」
彼はそう笑いながら、どこからか貰ってきた農作業の手引き書を読んでいた。