逃げるのに必死で恐怖はなかった

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

夜の山道をジョギングしていたときのこと。

腰にランタン(LED)をぶら下げ、背中に飲み物など入れたリュックを背負い、秋の空気を楽しんでいた。

当然だが誰もいなく真っ暗な空間は昼間とは別世界で、魅力的だった。
LEDとはいえぶら下げているランタンは足もとを照らすほどの光量しかなく、電池長持ちくらいしかメリットがない。
だから小さな光る空間が俺を囲むように移動していて、まるでゲームみたいだぁなんてのんきに考えていた。

そして俺は暗闇の中に目立つものを発見した。
それは鳥居で、どうやら脇道に神社があるようだ。
ちょうど疲れていたし休んでいこうと考えた俺は、速度を緩めて鳥居をくぐった。

雰囲気を楽しもうと思い、ランタンの電源を切ると周囲は一気に暗くなる。
どうやら全然広くないようで、賽銭箱とその後ろにちっさい社殿があるだけ。
そこに立って耳を澄ますと、夜の静かな空気に似合わぬ金属音が響いた。
コンコンと聞こえるその音は規則的で、そんなに遠くないところから聞こえてくる。

なんとなく察してはいたが好奇心には抗えず、恐る恐る近づき、それを見た。
暗闇のなかで見えたのは、恐らく御神木でもなんでも無いであろう木を、白装束の何者かがうち続けている光景だった。

やはり丑の刻参りだった!

俺はバレないように息を吸い込むと、体を反転させ地面を蹴り、全力で走り出した!
走り出すと同時にランタンをつける!

後ろで金属音が止むのと同時に心臓がはちきれそうなほど鼓動した。
後ろからはものすごい剣幕で俺を呼びとめる声がし、俺はさらに速度を上げる。
しかし相手も必死で決してなだらかとは言えない山道を追いかけてくる!

ものすごい叫び声を上げながら猛り狂う後ろの何者かは、こちらと変わらぬ速度で追いすがってくる。

おかしい。

いくら山道で速度が出せないとはいえ、俺は普段からジョギングで鍛え、さらにある程度装備も整えている。
なのに、丑の刻参りの服装で対等の走りが出来るモノ、奴はただ者ではないと直感が告げた。

故障を承知で限界速度まで上げるが、アドレナリンやらエンドルフィンやらが脳内を駆け巡り苦痛は感じない。
両者速度を落とさず走り続け、余はついにこの山道を抜ける車道への道を発見した。

ものすごい勢いで駆け抜けガードレールを飛び越え車道に入る。
念のためと反射材を貼ってはいる上にランタンまで付けているが端に寄って駆ける。
後ろからはガッガッガッと走る音、まさか奴は下駄を履いているのか。

たまに車が横を走るがあまり速度の差も感じられない。
その時俺を突き動かし走らせているのは奴の運動能力と俺の能力をとことんまでぶつけてやろうという執念だった。

そして猛然と駆け抜け、街まで出た俺はまだついてきている奴のことを考え自宅に戻るのをやめ、とにかく交番に駆け込もうと考えた。

だが歩道に駆け上がり走っていると後ろからドサっと、何かが倒れる音がした。
急停止し、後ろを振り返ると確かに白装束が無様に倒れている。
それを目視した途端、呪いの力だろうか、直後に目眩がし、俺も地面に倒れ込んだ。

目が冷めたら病院だった。

医師の話によるとどうやら走りすぎとのことだったので点滴をしてすぐ家に帰ることが出来た。
帰り際にあの白装束について聞いたが、あの男は俺が起きる前に帰っていったという。
家に帰り、郵便受けを見ると2日分の新聞と共に、「汝の健闘を称える」と書かれたシワクチャの紙切れが入っていた。
その日の内に引っ越しの手続きを済ませた。

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