中学生のころ、近所に廃屋があった。
そこは心霊スポットとまではいかないが、地元では少し有名な肝試しスポットだった。
ある夏の日の昼に友達と暇つぶしにその廃屋に行ってみた。
これと言って、目立った点もない、少し荒れたただの二階建て一軒家だった。
庭に行くと大きな倉庫があった。
開けるとグチャグチャに荒らされていたものの、古びたスコップや工具なんかの使える物も盗まれずに残っていた。
俺と友人はそこにあった赤のカラースプレーで様々な場所に文字を書いて遊ぶことにした。
最初は1階にセックスとかオマンコとか馬鹿なことばかり書いていた。
そうこうしてるうちにある怖い話を思い出した。
「右をみろ、左をみろ、下をみろ、おまえのうしろにいる」みたいなやつだ。
この家にそれを仕掛けて、今度から来る肝試しの連中を脅かそう、という悪案が閃いた。
俺たちは二階のある部屋の鏡に赤のスプレーで書いた。
「右を見ろ」
そして右の壁に
「窓を見ろ」
窓に
「上を見ろ」
最後に頑張って天井にこう書いた。
「今階段を上ってる」
ここまで完成して俺たちはこの仕掛けにまんまとハマるやつがいるかもしれないと爆笑した。
ふと、友人が言った。
「これ見たら、帰れないよなwベランダから飛び降りるやつとか出そうw」
そこで俺はその部屋から出れるベランダのほうを見た。
「すぐ庭だし、下に飛び降りたらもっとビックリするようになんか仕掛けようぜw」
友人は少し考えて、言った。
「落とし穴とかどうよw絶対焦るってw」
俺はその馬鹿なトラップが同意した。
俺たちは倉庫の道具を使い、そのベランダの真下に深さ1m、幅1mほどの穴を掘った。
悪ふざけで中に工具をバラまいて小便をかけた。
さらに穴を倉庫の中のシートで覆い、上から土をかけて見事「落とし穴」を完成させたのだった。
そして、友人と「このトラップにひっかかるやついたらマジでウケるなw」とか言いながら家路についた。
そういう「遊び」も時がたつと忘れるもので、1週間ほどですっかり忘れてしまった。
そんなある日、ある同級生の女が学校を休んだ。
高校生の兄が亡くなったらしい。
なんでも、肝試し中に事故があったらしい。
俺はそれを聞いて嫌な予感がした。
その後流れた噂で予感が的中してしまったことを知った。
その同級生の兄は、友達と肝試しにその廃屋に入ったらしい。
そして、俺たちの策略通りベランダから飛び降り、仕掛けた落とし穴に落ちたらしい。
だが笑えるのはここまでで、落とし穴に飛び落ちたときに中の工具で動脈を切ってしまい、出血多量で亡くなった、だそうだ・・・。
その後すぐに廃屋は取り壊された。
俺と友人は悩んだ。
警察に行くべきか。
しかし、受験を控える中学生。
特に友人は偏差値が高かったので、良い高校に行く。
こんなことが公になると進学どころの騒ぎではない。
このことは二人だけの秘密、お互い墓まで持って行く。
そう決めた。
だがそこからが大変だった。
人を殺した、その感情がいつも心の片隅にあった。
兄を亡くした同級生の姿を見るたびに心が痛んだ。
辛かった。
自殺も考えた。
全部話そうかとも思った。
だができなかった。
いえなかった。
あの事件後、友人とは疎遠になった。
一緒だと思い出す、当然か。
俺は受験勉強に励んだ。
いや、受験勉強に逃げていただけ、だろう。
そして、元の成績からはとてもいけなかった高校に受かることができた。
すべてを忘れたかった。
新しい学生生活で、すべてがリセットされ、楽しく過ごせる。
そう思った。
入学式で彼女がいた。
俺たちが殺した兄をもつ、同級生。
しかも、同じクラス。
逃げ切れない。
心が折れかけた。
折れていたかもしれない。
同じ中学出身で同じ高校で同じクラス、話さない理由はない。
これまでは避けてきたが、自然に話すことになってしまった。
というより家の方向も同じせいか結構仲良くなってしまった。
そんなある日彼女は言った。
「瀧本君は知ってると思うけど私のお兄ちゃん、死んじゃったの」
ああ、知ってる。
殺ったのは俺だ。
「中学では結構噂になったもんね、でねここからは知らないと思うんだけど」
「お兄ちゃん、幽霊屋敷で落とし穴に落ちて死んだんだって・・・」
知ってるよ。
犯人も。
「落とし穴の中に包丁がいっぱい入ってたんだ・・・」
「でもね、犯人捕まってないんだよね・・・」
静かに聞いていたがそのとき、つい言ってしまった。
「えっ!包丁!?」
彼女の顔が曇った。
沈黙が続く・・・彼女は「用事があるから帰るね」と言い帰ってしまった。
それから、彼女は一度も俺に話かけてこない。
後日、別の友人も彼女は兄の話をされたらしい。
彼女は最後に「廃屋の隣のおばさんが落とし穴を掘る二人の学生」を目撃していたことを言っていたらしい。
ごめん・・・秘密を墓まで持って行けなかった。