完治しない方がいい病気もある

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

精神科医のもとに娘の酷い妄想に悩まされている両親が相談に来た。

娘は表向き、夫に死なれた後に2人の子供を女手一つで育て、会社でバリバリ働き、ボランティアにも精を出し、評判な『いい人』。
しかし、実はとんでもなく心を病んでいる。

「自分はハリウッド俳優と結婚する。彼がいつか迎えに来る」と言って譲らず、家の外で車がクラクションを鳴らしたり、ブレーキ音が響くと、「パパラッチばかりで嫌になる」と言う。

子供たちにも妄想を話すが、子供も嘘だということに気づいている。
というか、「もーお母さん、またー」と面白がっている。

対象のハリウッド俳優はコロコロ代わり、時にはハリウッドじゃない俳優が対象になることも。
対象俳優の映画を食い入るように見て、ラブシーンがあるとテレビに向かって激怒する。
両親は「娘は頑張りすぎておかしくなった」と嘆き、精神科医の元に半ば騙して連れてきた。

精神科医の粘り強い指導、家族の協力、もともと真面目な本人の性格もあって、数年で妄想は消えていった。

しかし、ある日彼女は自殺未遂をしてしまう。

原因はなぜか、精神科医は気づいていた。
しかし、彼女の完治を望む彼女の両親の姿に言い出すことができなかった。
ありえない恋愛妄想は、彼女の逃避行動だった。

彼女が診察中に漏らす現実は、
・2人目が生まれたばかりで事故死した夫
・一人っ子同士の結婚だったことから来る、子供の親権問題
・職場でどんどん進む合理化と人員整理
・いずれ来る両親の介護問題
・親の財力差による、子供の学力格差問題

と、八方塞で辛い問題ばかり。

彼女は母親娘会社員を必死にやる一方で、ありえない妄想に逃げ込むことで、辛い現実から目を逸らしていた。
現実から目を逸らすな!と言っても、元から真面目な彼女は問題を凝視すると目が離せず、深刻に悩んでしまう。
だからバカげて無責任な妄想の世界でバランスをとっていた。

しかし、治療によって妄想が消えたことで、彼女の前には現実だけが横たわり、彼女はその押し寄せてくる不安に耐え切れなくなってしまった。

精神科医は両親に、「これ以上の治療は娘さんの命に関わる。多少の妄想が残った状態で打ち切ったほうがいい」と伝える。

多くの人にとって、ストレスから逃げ込む趣味は必要で、それが彼女の場合は恋愛妄想なのだと。
人よりちょっと変な形で息抜きしてるだけなんだと。

しかし、両親は「娘を狂人のままにしておけというのか」と納得せず、病院を変えてしまった。

彼女は別の医師の元で治療を受けることになる。
もし完治してしまったら、その時は・・・。

プライバシー保護のため一部変更。
でも実話です。

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