死ぬ間際に恨みを晴らす

AV仕様の最強媚薬・エロティカセブン

媚薬・エロティカセブン

自分の話なのですが、友人に「後味ワリーよ!」と言われたのでこちらに。

私は8~9歳位から父親に理不尽な事で殴られ、「お前は屑だ!」とか色々罵倒されるという、お約束のような虐待を10年近く受けてました。

理由は、たぶん自分の思い通りの子供にならなかったからという、非常に勝手な理由。
それまでは、大人しくて喋らずほとんど反抗もしない子供だったので、猫可愛がりされてました。

ただ流石に小学校入って色々知恵が付くと、色々喋ったりするようになるじゃないですか?
それが自分の理想の子供像とずれていたみたい。

流石に高校生位になる頃には、体力的に抵抗できるようになったので殴られなくなりましたが、その分毎日顔を見るたび陰惨な罵倒を浴びせられ続け階段から突きおとされ、殺されかけたりして、立派なメンヘラーになってました。

それでも、父親は外面が異様に良かったので、誰に相談する事もできず、言っても全く信じてもらえなかったあげく『私が悪い・・・』みたいな事を信頼していた大人にまで言われ、人間不信度MAX。

母親も泣いてばかりで頼りにならない。

それで家に殆ど帰らず、結構無茶苦茶な生活をしていた頃、父が事故で危篤との知らせを受けて嫌々病院へ。
長年の恨み晴らすのは今と、病床で動けないけど意識のある父にざまみろ自業自得、今までの報いじゃボケ早く死ね!、みたいな事を言って悔しがる父を尻目に笑いながら今までの復讐できてスッキリ気分でさっさと帰宅。

この時で終わってればいい話だったんですが、本格的に家を出ようと準備していたこの日の夜。

病室での顛末を聞いた父の年の離れた従姉妹の叔母さんが来て、「父を許してあげてね」、と言うのです。

当然許せるわけもないので「放っておいてくれ」と言うと、叔母は「あなたのお父さんも、同じように親(祖父母)からされていたの。もっと酷かったかもしれない」と。

あの父も虐待されて育ってたのです。

叔母曰く、親に全く甘えずに育ったから自分の子供をどうしたらいいのか分からなくて、悩んでいたんじゃないかと。

しかし、私にそれを仕返していいとは思えず、まして許せる気分にもなれなかったのですが、母が泣きながら謝り出してきた父の手紙で非常に後味の悪い思いをしました。

手紙は結婚する日に母に当てて書かれたもので、読むのも恥ずかしいようなラブレターだったのですが、その中に『僕は、暖かい家庭を知りません。だけど君となら暖かいやさしい幸せな家庭を作れると思います。一緒に穏やかかで暖かい家族になりましょう。』とあり、タバコを止めるとか、子供ができたら全力で守って可愛がるとか。

当時、私は子供ができたら父とちがって可愛がるのに、とかやさしい人を見つけて暖かい家庭を作るのにと思っていた思いそのままの、手紙を見てしまい激しく鬱になりました。

ちなみに、そのまま家を出てその後父とは会っていません。
それと今だに歴史を繰り返してしまいそうで自分が信用できず一人のままです。

長文すんまそ。

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