本当は3人で幸せに暮らしたかった

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

H県K市の某集合住宅で母親と二人暮らしをしていたアキちゃん(仮名)の体験した話。

当時小学3年生だったアキちゃんは母親と集合団地の一室で二人暮らしていた。

両親は離婚調停中であり、去年までは父親と三人で暮らしていたのだが、今は別居状態であり、父親のみ勤務先の近くで暮らしているためだった。

両親は二人共親権を強く主張しており、どちらが親権を得るかを近々話し合うことになっていたが、その時点ではまだ去年まで三人で暮らしていた団地に母親とアキちゃんのみで生活していた。

母親は女手一つでアキちゃんを育てるため昼はパート、夜は自宅での内職を行い、毎晩遅くまで働く生活を送っていた。

そんなある日、アキちゃんが学校から帰宅すると、珍しく暗い顔をした母親が話があるからとアキちゃんを呼んだ。

アキちゃんの親権が正式に決定したらしく、アキちゃんは近いうちに父親に引き取られ母親は実家に戻ることになったと母親は言った。

まだ両親が仲の良かった頃、遊びに行った母方の実家は東北地方の田舎で、とても寒く遠いところだとアキちゃんはぼんやりと思い出していた。

元々両親のどちらも大好きだったアキちゃんはどちらと暮らすことになっても不満はなかった。
本音は以前のように3人で暮らすことを望んでいたのだが、幼いながらに事情を察していたアキちゃんはわざと明るく勤め、一言「わかった」と返事をしただけだった。
そんなアキちゃんを見て母親はとても悲しそうな顔で「ごめんね」と言った。

そして「遠くに離れてしまうけれどお母さんはずっと見ているからね」とアキちゃんに言った。

その晩、いつものように先に寝室で横になったアキちゃんは父親との新しい生活や母親と離れて暮らすことへの不安のためなかなか寝付けずにいた。
リビングからはうっすらと明かりが漏れ、母親がいつものように内職に勤しんでいる気配があった。
そんな気配を感じながらアキちゃんはいつのまにか眠ってしまっていた。

真夜中、眠りが浅かったのかアキちゃんがふと目を覚ました時、寝室は真っ暗で隣には母親の姿はまだ無かった。
ぼんやりとリビングに目をやると明るいリビングからいつものように襖の間に母親が立っているのが見えた。

アキちゃんはそんな母親を見ながら自分は両親が大好きな事、離れていてもずっと思っていること、大きくなったらまた一緒に暮らしたいことを母親に伝えた。

母親はぼんやりとアキちゃんの顔を覗きながら話を聞いていたようだった。
そんな話を母親にしているうち、またアキちゃんは眠ってしまった。

翌朝、目が覚めたアキちゃんが隣にいない母親に気づきリビングに目をやった時、昨晩の母親がそこに立っていたのではなかった事を知った。
寝室とリビングの間の天井の梁に紐を掛けた母親は自ら首を括って死んでいた。
アキちゃんは昨晩、襖の間で首を括り死んだ母親にずっと話しかけていた。

死してなおじっと娘を見つめていた母親に。

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