『であい橋』の不審な男

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

10年ほど前、高校1年の夏の時。

当時、私は美術高校に通っていたので、夏休みの課題の1つに水彩で風景画を描く課題があり、自然豊かで、周りは大通りに面した、大きな河を渡る為の長くて大きな橋の中腹で、濁流の河の流れを写生していた。

田舎とはいえ、観光地で周囲の道路で車の行き来は激しいものの、河自体が相当大きいので、橋の中腹はあまり車からはよく見えない。

しかしながら、それなりにゆるく人が行き来する橋でもある。
そして、私がある程度描き進めていた頃、1人の男が私に背を向けて、反対側の橋のヘリによりかかって、一休みしていた。

私は気にもしなかった。
眺めの良い橋なので、普通に風景を楽しんでいるただの男だと思った。

男は20代後半、黒色のミディアムウェーブの頭に、白いタオルを巻き、体型は細マッチョで浅黒い肌、服装は、白いピッタリしたTシャツに、赤いポリエステルのダボっとしたジャージ。

・・という、いかにもドカタ系の兄ちゃんが一休みしてます的な雰囲気だった。

20分ほど経った頃だったろうか、いきなりその兄ちゃんが『何してるの?』声をかけてきた。

何も疑わない私は、『課題の絵を描いてる』と、普通に答えた。

すると、兄ちゃんは私の隣に座り込み、『僕も絵が好きで学生の時に絵を描いていた』などと言いだし、木々を描いていた私のノート型のキャンパスを持ち上げると、違うページを開き、私の余っていた筆を使い、チョロチョロと木を描いて見せ、上手い描き方をレクチャーしてきた。

あまりウマいとも思わなかったが、否定するのもなんなので、素直に聞き入れていた。

他にも10分ほど他愛ない話をすると、イキナリ男は立ち上がり、『なんか熱くなってきちゃったなあ』と、Tシャツの腕を捲りあげた。

左腕に、青い何かの記号のような半径3cmほどの刺繍が入っていた。
何か不穏な気配を感じ取ったが、もう遅い。
男は再度、私のそばで腰を屈めると、急に後ろから抱きしめてきた。

『!?』あまりの事に驚きを隠せない私。

しかも、その瞬間に、老夫婦が後ろを歩いていったのだが、動揺しきり、声も出ない。彼らは通り過ぎていってしまった。

数秒間、茫然とした後、ようやく『やめてください』と声を出す事が出来た。
声は小さく弱々しかったことだろう。

すると、抱きついていた男の腕は私から離れ、男は私の顔を優しく覗きこんだ。
そして、私の手をそっと取ると、『(橋の)下に行こうか?』と真顔で聞いてきたので、その後の展開が頭を一瞬でよぎり戦慄が走った。

橋の下まで行くのは橋の入口まで戻り、緩やかな傾斜の地面を下りれば良いだけなのだが、下は大きな河、ところどころに人の姿を隠せるだけの岩や木々、覆い茂る雑草。

どうなろうとおかしくはない。声など濁流の音に飲みこまれてしまう。
私は無論『嫌です、やめてください。』と、落ち着いて言い放った。

男は私の怯えた表情を見ると、すくっとその場に立ち上がった。
私は身長150cmにも満たない小柄。
男はせいぜい180cmはあるであろう大男である。

恐怖に心臓がはち切れんばかりで、固まる私に、『ふーん。まぁ、あんま気にすんなよ?』と軽い調子で男は言い、あっさりと私を置いて出口まで歩いて行った。

男が橋を抜けるまで確認したの後、あまりの出来ごとに気が動転しつつ、広げていた画材を震える手で乱暴に片し、千鳥足で家まで戻った。

家まではそもそもそう遠くない。
せいぜい300mほどだ。

道自体は大通りを通るので、通り道に大きな警察の前だって横切る。

息も絶え絶えで家に舞い戻ると、泣いて家族に相談。
そのまま、その日、その大きな警察に母親に連れられ、男を通報する事になった。

話をすると、最近そういった変な男の似たような通報が、いくつかあったようだった。

私はそれほどの事はされなかったし、男も凄んだりあまり怖いことは言ってこなかったので、事情聴取を受けている時点ではすでに冷静になれていた。

そして、母親は私を励まそうと、警察を後にすると、ショッピングにつれていってくれた。

3~4時間ほど経ち、夕方に家に戻ると、身体が悪く、寝室か茶の間で休む以外に、外には出られない祖父が、『さっき変な男が茶の間の窓からこっちをじっと覗いていた』
と言う。

家の茶の間の窓の鍵は閉めてあるが、レースなどもしていないので、家の中はまるまる見えるようになっていた。

私はあの男だとすぐに考えた。
なぜなら、この家の茶の間は通り側を向いているが、この茶の間にいたるまで、開けた空き地部分がせいぜい10mはある。

知人以外、ほとんどがここまで踏み込む事など無い。
だから、遠目の人間には家の中も見えはしないので、窓を開け放っている。

知人であれば、不思議には思わないであろう光景だが、祖父は知らない男だというのだ。

何をしにきたかは定かではないが、祖父に何も起きなかったことを感謝しつつ、しかし、もしもその時、母が私を家に連れ帰っており、顔を合わせたら・・・、と思うと今でも恐ろしい。

また幸い、この家は母方の両親の住む家であり、この時は、夏休みで一時帰省していただけなので、今後、間違っても鉢合わせになることもないであろう・・・。

私は残りの数日を、目立たない屋上での写生にとどめ、帰宅した。

とんでもない恐怖体験であったが、私がある意味、とても幸いだった部分を別にあげると、男は若く意外にも結構なイケメンであったという事と、また、笑える部分では、そのとんでもない出来ごとの起きた橋の名前は、『であい橋』という名称であったことだ。

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