これは、私の友人が経験した話です。
彼はいろいろな職業を転々としてきました。
とある会社で営業職についていた彼は、営業成績が悪いときは《訓練》という名のもと、訪問販売に行かされました。
売ってくるのは、会社で扱っている商品を五千円分。
それは、海産物を加工したものでした。
朝から一軒一軒回ったのですが、インターホン越しに断られることが多く、若かった彼は心の中で泣いていたそうです。
何も売れないで帰ると、怖い上司にひどく怒られてしまうので、何とかしなければと、必死に歩きまわりました。
時間は夕方の四時を過ぎて、五時までには終わらせなければいけないと思っていたころ、遠く離れた一軒家が気になりました。
あそこに行って断られたらしんどいなあと思いながらも、行ってみようと決心して向かったそうです。
やっとこさその家にたどり着き、インターホンを押すと中から声がしました。
「待ってたよー!」
彼はその言葉に驚きました。
僕が来るのを待っていてくれたなんて・・・。
ドアを開けると、一人の五十代くらいの女性が立っていました。
彼は自己紹介をし、会社の研修の一環で商品を紹介していることを伝えました。
すると彼女は、財布から五千円札を出し、「はい、五千円」と言って渡してくれました。
あんまり簡単に売れてしまったので、彼は拍子抜けしてしまうのですが、冷静に領収書を書いて彼女に渡しました。
ふと、玄関から奥を覗くと、なにやら祭壇が飾られていました。
そして、中央には男性の遺影がありました。
彼は「ご焼香してもよろしいですか?」と尋ね、商品を買っていただいたお礼にお参りさせてもらうことにしました。
靴を脱いで家の中に上がらせてもらい、祭壇の遺影に手を合わせました。
聞くと、数日前にご主人が亡くなったとのこと。
「待ってたよ」と言ったのは、ちょうどその日に帰ってくるはずの息子と間違えたそうなのです。
彼は不思議な感覚に襲われながらも、このご主人が導いてくれたに違いないと思い、再び手を合わせて感謝しました。
彼は普段から感受性が強いほうなので、亡くなったご主人に引き寄せられたのだろうと思います。
そう思った彼ですが、あとでいろいろと疑問に思い始めたそうなのです。
あのとき、お茶やお茶菓子まで頂いて、結局五時くらいまでお邪魔していたのに、息子は帰ってきませんでした。
息子が帰ってくるというのは本当のことなのか?
そんな思いがしたそうです。
彼にそんな思いを抱かせたのは、その女性の顔が異様に白く、不気味さを感じたからでした。
昔話であれば、実は女性が山姥で、食い殺されてしまう・・・・・・
そんな非現実的なオチを想像させるほど、その家の中は気温が低かったそうです。
見ず知らずの僕にこんなに良くしてくれて、有り難いんだけど、なんか怖い・・・・・・
会社に戻らなければいけないことを思い出し、女性にていねいにお礼を言って家を出たそうです。
三◯メートルほど歩いて、彼は思いました。
振り向いて、家が無かったらどうしようと・・・・・・
そう思うと、振り向くのが怖くなって、彼は走って駅に向かったそうです。
もしかしたら五千円札は消えている!?
と不安になった彼がカバンを開けると、折り目のない五千円札はしっかりと残っていました。