木の枝にぶら下がった人間の腸

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

夫が狩り支度をしていると、まだ赤んぽうの息子が、裾にしがみ付いて鳴きじゃくる。
出掛けようとすると、また裾をつかんで鳴くので、妻に子守を頼んで狩りに出掛けた。
しかし、また泣き出したので嫌な予感を感じながらも、山へ向かった。

山に入ってみると、獲物はなかなか見つからず、帰ろうとしたところ熊の足跡を見つけた。
よく見ると、獰猛な熊だと言われる「四つ爪熊」の足跡であった。
狩りに連れてきた犬も、熊の匂いを嗅いで警戒体制に入っていた。
一瞬、明日二人の弟達と出直してこよう?と思ったが、まだ日が高いので、一人で殺れる!と思い足跡を追いはじめた。

すると、四つ爪の熊は木に隠れ待ち伏せしたような後があった。
それを見て、やはり明日出直そうと何度も思ったが、勇気をふるい一歩一歩慎重に進む。

日が落ち辺りがやや暗くなり始めたので、今日はここまでにしよう・・・と思った次の瞬間!
眼前のくぼみから黒い塊が突進してきた。
数歩前を行っていた犬を飛び越えるように一気に男に襲いかかってきた!

男は持ってきた槍を構える暇もなく、組み伏せられたのだ。
このような場合のためにアイヌは、左腰にタシロ(山刀)、右腰にはマキリ(小刀)を下げ、どちらかあいている手で刃物を抜き敵を攻撃するのだ。

しかし、獰猛な熊はその隙を与えず、猫がネズミを捕まえて直ぐに殺さず、弄ぶように、男を投げたり転がしたり、また投げては受けを繰り返します。

男は神々に助けを求めながらタシロで応戦したが、思うようにいかず、やがて男は気が遠くなり、死んだのか眠ったのかわからなくなった。

妻はなかなか帰って来ない夫を心配して待っていると、外はすっかり暗くなり、帰ってきたかと外へ出てみれば、一緒に行った犬の他、夫の姿は見えず・・・。
家の中に飛び込んできた犬の様子を見ると、白い毛が血で真っ赤に染まり、夫の着物の片袖をくわえているではないか。

それを見てすぐに山で何かあったか解った妻は、急を知らせる叫び声を上げるとコタン(村)の人達はあっという間に妻のもとに集まってきた。

話を聞いたコタンの人達は「すぐに山にいこう」と言うが、弟達は「今夜は身内の物だけで行く、明朝、私どもを探しに来てください。」と断った。

妻は子供を本妻に預け、(旦那と本妻の間には子供が出来なかったので、妾を貰っていて、子は妾との子なんです。)夫の弟達と三人で山へ上った。

妻はカヤの束に火を着け、弟達は槍を構え進んで行くと、犬が小声で鼻を鳴らしだした。
明かりを掲げて辺りを見回すと、薄く積もった雪の上が血で染まっていた。
それが熊の物か夫の物かは判らない・・・。
だが、木の枝にぶら下がった人間の腸を見て夫が殺されたことを悟った。

二人の弟は槍を構え慎重に、妻は明かりを絶やさない様次々とカヤの束を燃やしながら進んだ。
しばらく行くと草むらから、「パリッ、パリッ・・・」と熊が何か食べている音、骨を噛み砕いている音が聞こえる。

妻は恐怖した。

しかし、夫の仇に負けるかと思いいっそう明かりを強くし弟達の足元を照らす。

上の弟が草むらに近づき「化け物熊よ出てこい!兄の仇を打ちに来たぞ!!」と怒鳴ると、食べる音がぴたりと止んだ。

四つ爪熊は立ち上がり、二足歩行で向かってきた!

その化け物熊の迫力に圧倒された下の弟は、5、6歩後ずさりしたが、ハッと向き直り、熊を目掛けて突進する。
上の弟は大きく開かれた口へ、下の弟は心臓目掛けて一気に突き刺すと、大きな熊はどっと倒れた。
何度も槍で突き刺し完全に息の根を止め、辺りを探してみたが、やはり夫の姿はなく着物の切れ端や骨の一部が散らばってるばかり。

三人は泣きながらそれらを集めると三分の一程しかなかったという。
妻はあの朝、子供が父の身を案じ必死に引き留めていたのにそれに気付かなかった事を悔やんだのだった。

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