鳴く人形(後編)

カテゴリー「怨念・呪い」

※このお話には「鳴く人形(前編)」があります。

俺は止めた。
こんな気味の悪い人形はさっさと捨てるべきだと思っていた。
住職の甥もあまり譲ることに乗り気でない様子だった。

しかし、タカシは頑として譲らなかった。
結局タカシはその人形を持って帰ってしまった。

俺:「あの人形てなんなの?」

タカシが帰った後、俺は住職の甥に聞いた。

住職の甥:「さぁ。俺もよくは知らないんだが、かなり昔から伯父はもっていたな。たしか30年くらい前からこの寺にあった。」

住職の甥は言った。
俺は住職の甥に、住職と人形についてあったことを話した。

住職の甥:「そうかぁ。君も鳴いているところを見たのか。気味の悪い人形だったろ。」

住職の甥はそう言うと、あの人形について教えてくれた。

あの人形は30年くらい前から寺にあったらしい。
その頃、住職の奥さんがどこかの若い男と不倫したあげく駆け落ちしてしまって、住職はひどくふさぎこんでいた。

一時は自殺でもしそうな勢いだったらしい。
そんな時、住職はどこからかあの人形をもらってきたのだという。

それ以来住職は、その人形をいつも手の届くところに置いておき、暇を見つけると人形を鳴らしていたらしい。

住職の兄弟もその様子がとても嫌で、何度となく捨てるよう住職にうながしたが、そのたびに住職は強く拒否したと住職の甥は言った。

住職の甥:「結局伯母は戻ってこなかったけど、伯父はあの人形にこだわることで生きる希望をもったように見えたよ。そういう意味ではあの人形をもらってきて正解だったのかもしれない。」

住職の甥は言った。

俺:「そうなんだ。なんか住職かわいそうだね。それにしても住職の奥さんはひどい人だね。駆け落ちしちゃうなんて。」

住職の甥:「まぁね。でも伯母は家を出てしばらくして事故で死んだらしい。人伝で聞いた話だし、葬式にも行っていないけど、結構むごい死にかただったらしい。自分の親戚とはいえ、自業自得だなとその時は思ったな。」

住職の甥は遠くを見ながらさみしそうに語った。

数日後、タカシの家に遊びに行く機会があった。

タカシの家は少し問題のある家庭で、親父さんが働いていない。
毎日飲んだくれてはタカシの母親やタカシに暴力をふるっていた。
タカシの顔にはよく痣があった。

そんな家だから、あまりタカシの家に行くことはなかったのだが、その日はたまたま親父さんがいないとのことで俺はタカシの家に遊びに行った。

俺:「あの人形はどこ?」

俺はあの人形のことが気になっていたから素直に聞いた。

タカシ:「ああ、あれはあそこにしまってあるよ。」

タカシはクローゼットの方を指さしながら言った。

俺:「やっぱ夜とかに鳴かせてるの?」

俺はタカシが住職と同じようなことしているのではと不安になった。

タカシ:「いや、もらってきてからあそこに閉まったままだよ。」

俺:「あ、そうなんだ。でもタカシは、なんていうか・・・、あの人形のこと気にいっていたみたいだから。」

タカシ:「うーん。別に気にいってたわけじゃないよ。それに今はあの人形を鳴かせようとは思わないな。鳴かせても意味ないし。」

俺はそれを聞いて安堵した。
もらうにはもらったが、結局タカシもあの人形に飽きていて、タンスの肥やしにしているだけなんだと思った。

『鳴かせても意味ないし』という言葉は一人で人形を鳴かすことの馬鹿らしさにタカシも気づいてくれたんだと思った。

それから数日後、タカシの親父さんが死んだ。
家にいる時、突然心臓発作で死んだらしい。
俺は親に連れられ、葬式場をおとずれた。

式場でタカシの母親にあいさつをしたが、タカシの姿が見当たらない。
どうもまだ家にいて、一人部屋でふさぎこんでるらしい。

どうしようもない親父だったが、やはり父親は父親。
突然死んでタカシもショックだったのだろう。
俺は元気づけようと、タカシの部屋をたずねることにした。

その日は曇りで、俺がタカシの家をたずねた頃にはあたりは真っ暗だった。

タカシの家に着いたものの、家の明かりがついていない。
呼び鈴を鳴らしたが反応がない。

おかしい。

タカシがショックのあまり自殺でもしているんじゃないか!?と不安に思った。
だから鍵の開いていた玄関の扉を開け、無断でタカシの家に上がった。

タカシの部屋は2階の一番奥にある。階段をあがっている時、その音は聞こえた。

(ドンドンドン)
「・・・ぅぐぐぐ。ぅぃぃぃややや・・・」

(ドンドンドン)
「・・・ぁぃぃぃぃぃ。ぅぐぅぅ・・・」

なにかものを叩くような音。
その合間に誰かのうめくような音。

ひどく陰湿な響きである。
俺はどうしようもない不安にかられた。
しかしタカシの安否が気になっていた俺は、勇気を出して進んだ。

タカシの部屋の前まできた。
その音はタカシの部屋の中から聞こえた。
俺は勇気を出してドアを静かに開けた。

ドアを開けるとタカシの後ろ姿が見えた。
なにか作業をしているように見えた。
とりあえずはタカシの無事を確認できて俺は安堵した。

タカシは部屋に入ってきた俺に気づいていないのか振り向きもせず、なにかの作業を続けている。

体越しでよく見えないが、拳を振り上げなにか布みたいなものを叩いているように見えた。

(ドンドンドン)

拳が勢いよく振り下ろされるたびに乾いた音が部屋に響く。

そして「・・・ぉぐぐぃぃ。ぅぐぐぃぃぃ・・・」

低くこもったような声が部屋に響く。
苦悶に満ちた声だ。
俺はその声がタカシの目の前にある小さな物体から聞こえていることに気付いた。

その時、タカシが振り向いて俺を見た。
タカシはひどく無表情だった。
なにも言わず、ただ無感情に俺を見ていた。

しばらくお互い無言で向かい合った。

俺:「よ、よぉ。ごめん、なんか勝手に上がらせてもらっちゃった。タカシ落ち込んでるって、タカシのお母さんに言われたもんだからさ。」

俺はなんとか言葉を振り絞った。

タカシ:「・・・。そうなんだ。」

タカシは表情をかえずにそっけなく言った。
その時俺は、タカシが左手であの人形を持っていることに気付いた。

俺:「その人形・・・。」

それを聞くとタカシはニヤリと笑った。

そして「これ。いい声で鳴くようになったんだよ。」

タカシはそう言うと、右手の拳を人形の体に勢いよく打ち付けた。

ドン!

乾いた音とともに

「・・・ぅぅぐぐぐぃぃ。」

人形が低い声で鳴いた。

同時に俺はあることに気付いた。
住職が持っていたころ出していた音とは、明らかに違う。
低くこもった音だった。
出る音も、前より大きくて長めに出ている。

俺:「あれ?その人形の出す音って、そんな音だったっけ?」

タカシはそれには答えず、人形を俺の方に差し出した。

俺:「やってみる?」

かつて住職が俺とタカシに初めて人形をみせた時のように。

俺:「いや、いいよ。俺は・・・。」

そう言うと、また俺はあることに気付いた。

人形の顔が違う?

俺の知っている人形は、白髪混じりの長い髪で、老女にも見える出で立ちだった。
しかし、今、目の前にさしだされた人形は髪は黒々しており、髪型も短くなっている。

そしてなにより、顔の輪郭が前より角ばっていて老女というより、男の顔にも見えた。

俺:「タカシ・・・。人形の顔替えた?」

タカシ:「別に・・・。」

タカシは憮然として言った。
すでにもう俺の方を向いていない。

俺:「いやでも、あきらかに違ってない?」

タカシは俺の言葉を無視した。

俺:「タカシ。」

タカシは応えない。

俺:「タカ・・・」

タカシ:「用がないならもう帰ったら?」

もう一度呼びかけようとした俺の言葉をさえぎるようにタカシは言った。

俺:「あ・・・、でもタカシ、その人形・・・。」

タカシ:「さっさと帰れよ!!!」

タカシは怒鳴った!
振り返った目が血走っていた。

俺:「あ・・・。ご、ごめん・・・。」

俺はタカシの不気味な迫力に圧倒され、そそくさと帰った。
俺が部屋を出る時も、タカシは人形を拳で殴り続けていた。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

「ぐぐぐぐぐぅぎぎいぎぎぃぃ・・・。」

俺はもう、その音を聞くのが耐えきれなくなり、耳をふさぎながら、必死でタカシの家をあとにした。

その後、タカシは引っ越した。
母親の地元へ行ったらしい。
あの日以来、俺はタカシと会っていない。

あれから二十年以上たった。

俺はオカルトに詳しい知人などの話から、呪いの人形の中には、呪い殺した相手の魂を成仏させず、人形の中に閉じ込め、殺した後も蹂躙(じゅうりん)できるものがあると知った。

あの人形がそうだったかは、わからない。
だが今でもあの人形がだす苦悶に満ちた声を思い出すと、背筋が寒くなる。

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