うちの曽祖父が拝み屋?祈祷師?をしていたらしい。
らしいというのはうちの親に聞いてもどれも似たようで違うのだということだった。
というのも、以前お宝鑑定団で古美術品紹介されてた時にうちのじいちゃんちにも何かないかと遊びに行った事があるんだけど、その時にじいちゃんが出してきたのが曽祖父が使っていた収納箱、
墨で塗りつぶしてあって黒い木製の箱でその中に錫杖とか、恐らく印刷している品だろうけど掛け軸とか何故か軍隊手帳とか出てきたw
錫杖はぼろぼろ、もちろん掛け軸もぼろぼろ、もったいないなーと思いつつ、その時にようやくはじめて曽祖父のしていた事を知った。
で、うちの裏の山は林なんだけど田んぼに行く時はいつも通る小道がある。
小道とはいってもコンクリートが敷いてあって農作業の軽トラが走れる程度には整備されている。
その途中にわき道にそれる所があってそこにはいると田舎の屋根付きバス停留所みたいなつくりの小さい建物があるんだ。
無人販売の建物がもっとしっかりしてるやつと言ったらわかりやすいだろうか。
それがお宮。
特に鳥居があるわけでもないし、中には榊と紙垂ともちと酒がお供えしてある。
それが確か5つだったかな。
成人してから訪れる機会もないし記憶が定かじゃないすまん。
なんでも拝み屋のじいちゃんがある日血相変えて家に戻ってきたとの事だった。
「神様がいらっしゃった!!」
なんでも林の中で光る神様をみたらしい。
神様は数人いらして木の枝に座って曽祖父を見下ろしていたそうだ。
これは崇めないといかん、と曽祖父は宮を作って祭り上げたそう。
それはちょっと(いろんな意味で)大丈夫ですかねと自分はそれを聞いた時思ったんだが、曽祖父は信仰深くその神様達が座ってらした木を御神木として祭っていたらしい。
らしいというのは親戚が曽祖父のたわごとだ、と止める曽祖父をよそにその木を切り落としてしまったという。
その親戚は三日後に亡くなってしまった。
突然死だったそうだ。
もちろん突然死は罰が当たったんだという話になっている。
そこから曽祖父はお宮を大事にしてきた。
それは祖父から今親父に引き継がれている。
自分がわからないのは神様と祭り上げているのは本当に神様なのかということ。
そもそも5人の神様が何を目的に祖父の前に現れたのか、これは詳細を聞いてないからわからない。
というか、そういう成り行きで何かを祭るってことはあるんですかね・・・??
ちなみにお宮に行く道が物凄く鬱蒼としていて自分は苦手。
独身貴族まっしぐらだからいずれは自分がお宮の管理をしていくとは思うんだが・・・。