俺は子どもの頃は超がつくド田舎に住んでいた。
山々に囲まれた閑静な農村地帯だった。
その村では一年のうちである月の満月の日の前後一週間、絶対に山に入ってはいけないという決まりがあった。
村の子どもたちにはその期間は、「山の神様が降りてこられる日」だからと聞かされていた。
その期間は山の入り口のところにある道祖神様(俺らは「さえがみさん」って呼んでた)の祠の前で山から村に入る道に注連縄を張って道祖神様を御祭りしていた。
このお祭りの間は子どもだけでなく、大人たちも決して山に踏み入ることは許されなかった。
村の子どもたちは物心ついたときから厳しく戒められているのと、山に入っても楽しい時期でもなかったこともあって、わざわざ叱られるのを覚悟で山に分け入るやつはいなかった。
とはいえ、腕白盛りの子どもたちのことだから、それでも数年に一人か二人は無謀にも山に入ろうとする馬鹿が現れるのが常だった・・・。
隠れて山に入ったのが見つかったやつは厳しく叱られて頭を丸坊主にされた。
そして、学校を休まされた上で隣村にある神社で泊り込みで一週間修行させられるという・・・お仕置きが待っていた。
それを見た村の子供たちはお仕置きを恐れて期間中は山に入らない→世代交代した頃にまた馬鹿が現れる→お仕置きを見て自重→忘れた頃にまた・・・ということが繰り返されていた。
ここまでの話だと、田舎によくあるわけのわからない風習で終わってしまうのだけど、俺が小学6年のときにその事件は起こった。
起こったといっても俺自身が”何か”を見たというわけではないし、”それ”自体も単なる村の風習と精神錯乱で、オカルトとは関係ないと言われればそれまでかもしれない。
ただ、村の禁を破って山に入った俺の従兄弟の妹が精神に異常をきたしてしまい、その兄も責任を感じてか、その後おかしくなってしまったという事実だけが残っている。
その年は従兄弟の親父さんがお盆に休みを取れないということで、お盆の帰省の代わりに季節外れのその時期に一家四人(両親と兄と妹)で里帰りしてきた。
普段だったら誰も訪れないような時期のことである。
そして、それが全ての間違いの元だった。
村の子どもたちはその時期に「山に踏み入ってはいけない」と厳しく教えられていたが、従兄弟たちは普段、この時期には村に帰ってきていないのでそのことは知らなかった。
祖父と祖母が従兄弟たちにそのことを教えたが、都会育ちの従兄弟たちにとってはイマイチ理解できていなかったのかもしれない・・・。
あるいは古風な村の風習だということで迷信だと馬鹿にしていたのかもしれない。
今となっては知るすべもないことではあるが・・・。
従兄弟たちが普段帰省してくる夏休み中であれば俺たちも学校が休みなので一日中つきっきりで遊びまわれるが、あいにくとその時期は平日で俺たち村の子どもたちは学校に行かなくてはいけなかった。
学校が終われば俺たちは従兄弟たちと一緒に遊ぶわけだが、少なくとも午前中は従兄弟たちは彼ら兄妹だけで遊ぶことになる。
俺たちが学校に行っている間は祖父母が山に入らないように見てたりするわけだが、さすがに常に付きっきりというわけにはいかない。
それでもまぁ、3日目くらいまでは従兄弟たちはおとなしく祖父母の言いつけを守っていた、少なくともそう思わせていたわけだ。
問題が起こったのは従兄弟たちが村にやってきて4日目のことだった。
さえがみさん(道祖神様)の御祭りも丁度中日でその日が満月の日だった。
俺たちが学校に行っている午前中に、祖父母に隠れて従兄弟の兄(Sとする)が妹(Y子)を連れ出してこっそり山に入ってしまったらしい。
Sは祖母に「妹と川で遊んでくる」と言って出かけたそうだが、俺たちが昼頃に家に帰って(土曜日だった)川にSを探しに行ったら姿が見えなかった。
最初はもしかして事故かと思ったけど、川に行くときにいつも自転車を止めさせてもらうことになっている友人のDのおばちゃんに聞いた。
「朝から来てない」とのことで、俺は友人たちと一緒にSたちを探すことにした。
そうしたら、友人のTが山の入り口の近くの木陰にSの乗っていた自転車(祖父の家のやつ)が隠すように老いてあるのを見つけた。
あいつら、隠れて山に入ったのか!?と思って追いかけようとしたけど、厳しく山には入るなと言われていたこともあって、その前に祖父に知らせることにした。
家に帰って祖父に知らせたところ、祖父は「それは本当か!」と普段は温和な祖父らしくない形相で聞いてきた。
それを聞いた祖母は血の気の引いた顔をしていた。
叔父(Sの父親で祖父の子で俺の親父の弟)も心なしか顔色が悪かった。
叔母(Sの母親)は何が起こっているのか理解できていない様子だった。
祖父は俺から話を聞いてすぐにどこかに電話していた。
そのあとはもう大変だった。
村の青年団がさえがみさん(道祖神様)の社のある山の入り口に集合して、長老たちが集まって何事か話し合っている。
いくら村の決まりごととはいえ、子どもが山に入ったくらいでこれはないやろ??と思ったのを覚えている。
そのあとのことだけど、青年団が山の入り口に集まってしばらくした頃、Sが何かに追いかけられるかのような必死の形相で山道を駆け下りてきた。
それを見た祖父がさえがみさん(道祖神様)のところに供えてあった日本酒と粗塩の袋を引っ掴んで酒と塩を口に含んで、自分の頭から酒と塩をぶっ掛けて、それからSのところに駆け寄ってSにも同じように頭から酒と塩をかけていた。
その後でSにも酒と塩を口に含ませていた。
酒と塩を口に入れられたSはその場で「ゲェゲェ」と吐いていた。
Sが吐き出すもの全部吐き出してから祖父がSを連れて戻ってきた。
祖父とSが注連縄を潜るときに長老連中が祖父とSに大量の酒と塩をぶちまけるようにぶっかけていた。
その後、Sは青年団の団長に連れられてどこかへ連れて行かれた。(あとで聞いたところによると隣村の神社だったらしい)
妹のY子だけど、何故か祖父も含めて山に入って探そうとはしなかった。
不思議に思って父に聞いたら「今日は日が悪い」と言って首を横に振るだけだった。
叔母が半狂乱になって「娘を探して!」と叫んでいたが、悲しそうな諦めの混じったような表情の叔父がそれを宥めていたのが印象に残っている。
結局、Y子はそれから4日後に山の中腹にある山の神様の祠で保護された。
後で聞いた話ではそのときにはもうY子は精神に異常をきたしていたそうだ。
発見された後でY子は何故か病院ではなく、兄と同じく隣村の神社に送られたらしい。
このとき、村の長老たちの間で一悶着あったらしいと、かなり後になって父から聞いた。
後日談だけど、Y子は今でも隣村の神社にいるらしい。
表向きは住み込みで巫女をしているということになっているけど、実際は精神の異常が治らずに座敷牢みたいなところで監禁に近い生活を送っているそうだ。
このことは一族内でもタブーとされていて、これ以上詳しいことは聞き出せないんだ、すまん。
監禁の件は親父を酒に酔わせてやっと聞き出せたくらいだし・・・。
Sの方だが、彼は一時期は強いショックを受けていて錯乱気味だったけど、その後は心身ともに異常はなく普通に生活を送っていたそうだ。
あの事件以降は叔父一家は帰省しなくなったので俺が直接Sに会うことはそれ以降なかったわけだが、その後、Sは「妹をおかしくしてしまったのは自分の責任だ」と思い詰めて精神に異常をきたしたらしい。
おかしくなったSは18歳のときに妹が見つかったという山の神様の祠の前で自殺したと聞いた。
そのときには俺は進学で村を出ていたので、その話を聞いたのは成人して成人式で村に帰省したときだった。
以上、体験した俺も何が何だかわからない話です。