福島県二本松市に伝わる安達ヶ原(あだちがはら)の鬼婆。
昔、京都の身分の高い大臣の屋敷に乳母として奉公していた岩手という女がいた。
彼女が世話をしている幼い姫君は生まれつき重い病を患っていて、いつまでも口がきけないありさまだった。
あちこちの医者に見せてもよくならず、ある高名な祈祷師にお願いすると「姫の病気には、臨月の孕み女の体内にいる、赤子の生き胆を飲ませれば治る」と言われた。
何としてでも姫の病気を治してさしあげたい岩手は、まだ赤ん坊の自分の娘を置いて、生き胆を求め旅に出た。
旅の中で妊婦はいくらでもいたが、そう簡単に人殺しをするわけにもいかず、月日ばかりが流れていった。
旅を続け、とうとう陸奥までたどり着き、そこで見つけた岩屋に住みつき機会を待った。
さらに時は流れ、岩手の髪に白い物が混じり始めた頃、ある日の夕暮れに若い夫婦が一夜の宿を求めてきた。
見ると女のほうは今にも生まれそうなほど大きなお腹を抱えていた。
はやる気持ちをおさえ、親切そうに家に上げもてなしたその夜。
女が腹痛を訴え出したので、岩手は夫を言葉巧みに遠く離れた村へと使いに行かせた。
二人きりになると、出刃包丁を振りかざし女に襲い掛かった。
腹を切り開き、赤子を引きずり出すと、念願の生き胆を抜き取った。
すると虫の息となった女が絞り出すように岩手に語りかけた。
「私には幼いころ京で生き別れた母がおります。その母を探して夫婦で旅をしてまいりました。もしあなたが岩手という名の人に会ったとき、この形見のお守り袋を渡してください」
そう言うと息絶えた。
その言葉に愕然とし、お守り袋を確かめてみると、実の娘の名前の「恋衣」と書いてあった。
岩手は自分の娘と孫を殺してしまったのだ。
全てを悟った岩手は髪を振り乱し、岩の壁に頭を打ち付け、のたうち回って泣き叫び、とうとう気が狂ってしまった。
それから岩手は本当の鬼婆となって、旅人を岩屋に誘い込んでは食い殺すようになったという。
話によっては、戻ってきた旦那が無残な姿の妻と赤子を見て、絶望のあまりに自分も後を追って自殺したと付け加えられていて、さらに後味の悪さが追加されています。