一人で山歩きしていた時のこと。
その山はそれほど高さがなく緑豊かで、女性や子供の登山者も多かった。
緩やかな道を歩きながら、彼はすれ違う人たちと挨拶を交わしていた。
しかし峠を越えたあたりから、すれ違う人が皆彼を無視するようになった。
こちらから挨拶しても露骨に目をそらすのだ。
彼が訝しんでいると、中年の女性登山者が走りよって声高に言った。
どうしたの、その怪我は?
その時初めて、彼は自分の掌が血まみれなのに気がついた。
慌てて確かめると、身体中が切り裂かれたかのように傷だらけで、血を吹いていた。
急に立ちくらみを起こし、病院に運ばれる騒動となった。
割と深い傷だったらしく、なぜか下着の下の皮膚まで傷を負っていたらしい。
不思議なことに少しも痛むことがなく、一晩のうちにすべて完治した。
いつの間にそんな傷ができたのか、彼にはまったく分からないということだ。