ある年に、福井県の中学校であった話です。
四月四日。
まだ春休み中の学校では、部活が盛んな時です。
校庭では野球部、サッカー部、陸上部と、三つの運動部が上手くスペースを使いながら練習に励んでいました。
午後五時近くになり、サッカー部が最後のシュート練習に入っていた時のことです。
部員の雄一はパスを受けて、右足でしっかりとボールを捕らえて蹴りました。
ボールはキーパーの保夫の腕をかわし、そのまま見事にネットを揺らす・・・・・・はずでした。
しかし、信じられないことに、ボールはゴールに入る前に消えてしまったのです。
「へっ?俺のボールは?」
訳がわからずに周りを見回すと、保夫や他の部員たちも、何が起きたのかわからないという顔できょとんとしています。
すると、突然、校長室の窓から校長先生の怒鳴り声が聞こえました。
「こらーっ、サッカー部!こんな所に、ボールを蹴り込む奴があるかぁ!」
校長先生は黄色いサッカーボールを持っています。
それは、雄一が蹴ったはずのボールでした。
「雄一。とにかく謝ってボールを貰ってこいよ。校長はうるせぇからさ」
キャプテンの和彦の言葉に頷きながら雄一は、取り敢えずボールを返してもらいに行こうと小走りで校長室に向かいました。
「しかし・・・・・・なんで雄一のボールがあそこにあるんだ?」
雄一が走り去る姿を見送りながら、顧問の岡田先生が不思議そうに呟きました。
部員たちも、全く理解できない出来事にみんな首を傾げるばかりです。
雄一が校長室に着くと、校長先生も少し冷静になったのか、不思議そうに聞いてきました。
「君は、あそこで蹴っていたんだろう。なのにどうしてここにボールがあるんだ?これは、本当に君の蹴ったボールなのかい?」
雄一の蹴ったボールではないのかもしれないと校長先生は言いましたが、でも、それは確かにあの時、ゴールに入るはずだった雄一のボールです。
「いえ、確かに僕のボールです。信じられないかもしれませんけど、ゴールに蹴った時に消えてしまって・・・・・・」
雄一が先程起きた不可思議な出来事について説明しようとした、その時、後ろで声がしました。
「ええっ?俺、なんでこんなとこにいるんだあ?」
突然聞こえた叫びにふりむくと、陸上部の昭光が校長先生の椅子に座っていました。
「昭光、お前、いつの間に来たんだ?」
驚いた雄一が聞くと、昭光も何がなんだかわからないといった顔で、興奮した声で答えます。
「俺、校庭で練習してたはずなんだぜ」
昭光は走り高跳びの選手です。
先刻、雄一がシュートしたのと同じ時、昭光も今日の最後と思って、勢いよくジャンプし、マットに飛び込もうとしていたのです。
「上手くバーを越えたと思ったら、耳元で風がゴーッと鳴って、何も見えなくなったんだ。
それで、気が付いたらここにいて・・・・・・一体なんだ、これ?」
理解を越えた出来事に、頭を混乱させながら昭光はふと、壁にかかっている時計を見ました。
四時四十六分。
雄一のボールが消え、昭光も校庭から姿を消したのは、二分ほど前の四時四十四分。
不思議に出会う時間だと言われる、逢魔が時に起きたことだったのです。
この不思議な事件があってからその学校では、「四月四日の四時四十四分には、空間が歪んで不思議な事が起きる」という噂が囁かれるようになりました。
余談ですが事件の日、消えたものたちが校長室まで来る時間が異なったのは、ボールと昭光の重さが違ったからではないかと言われています。