5年前に飼い猫が死んだときの話。
もう老猫だったので心の準備はできてたけど、車にはねられてってのはショッキングでもあり、痛ましさも半端なかった。
家の玄関近くまで這ってきて冷たくなってた。
庭の片隅にお墓作って供養したんだけど、母の嘆きはかなり深く、ひと月過ぎても泣きはらしてた。
日曜の朝早くに、お墓の前で手を合わせて泣いてる母を見かけたので慰めようと声をかけたらいきなり怒り出した。
その顔が今まで見たこともない般若の面相でぞっとした。
精神を病んでしまったのかという苦い思いも心の奥に生じた。
早口でよくわからなかったけど、「お隣のゴミだしがどうのこうの・・・」言ってるみたいだった。
今までお隣さんとは特にトラブルなんてなかったし、結構いい近所付き合いの方だと思ってたので、その悪口をあっけにとられた感で聞いた。
それから半月ほど、腫物に触るように母に接したのだけど母の状態は変わらず、介護という言葉が現実味を帯びてきて、こっちもかなり気が重くなってた。
そんなとき、当のお隣さんが改まった感じで家に訪れた。
一瞬母に目をやると落ち着いた感じで、でも能面のような無表情で凝視してた。
とりあえず感情を高ぶらせることはないと見てとって、お隣さんに上がってもらった。
手にお届け物を携えていたのでちょっとびっくりしたけど、お隣さんがいきなり平伏したのでもっとびっくりした。
話を聞いてみると、うちの猫をはねたのはお隣さんだったこと、道路を渡りたそうにしてる猫を見て車を止めたらヨタヨタ渡りだした、その間に携帯を見てて、ちょっと長く見すぎたと・・・慌てて発進したら渡り終える前の猫を撥ねてしまった、うちの猫だと分かってたからすぐ謝りに来るべきだったが、事の重大さに怯えて来ることが出来なかった、ということだった。
言いたいことはあったけど、思いの他に母が冷静だったので我慢して、お隣さんを庭のお墓に案内した。
お隣さんが頭を垂れてる間にいろんな思いが錯綜した。
・・が、やがて飼い猫の生前の愛らしい姿が浮かんで涙がとめどめなく出てきた。
母は終始無言だったけどやっぱり涙を流してた。
お隣さんがさんざん頭を下げつつ帰って行った後、母をそっと抱いた。
母はまたぼろぼろ涙を流したが、その間に微笑みを浮かべて「よかった、よかった」と呟いていた。
その後の母の様子は以前に戻りつつあって、心底ほっとした。
介護の苦労をことさら厭う訳ではないけど、あのまま介護状態にと思うとやっぱり怖かった。