知り合いの話。
彼は仕事柄、長いこと山に篭もることが多い。
そのため山の持ち主に断って、活動基地となる簡単な小屋を造っている。
そこに私と友人二人が押しかけていた時のことだ。
差し入れの酒とジャーキーを摘まみながら、下界の他愛もない話をしていると、不意に彼が顔を上げた。
宙を睨むような表情で、鼻をしきりにヒクヒクさせている。
友人:「どうした?」
何の気なしに友人が尋ねてみると、「今、誰かこの山に踏み入ってきた。多分、三人。○○沢の方から」と、そうあっさりと答えてきた。
彼以外の皆が驚いた。
代表するような形で私が問う。
私:「そんなこと、何でわかるのさ?」
彼はしばらく思案していた様子だったが、やがて肩をすくめ次のように話した。
彼:「ツンと鼻奥に来たんだ。煙草の臭いがね」
彼が言うには、いつの頃からか山に篭もっている間、嗅覚が異常に利くようになったのだそうだ。
初めはそこまで利かないのだが、篭もってから数日経つと、あらゆる匂い、特に煙草のそれに敏感になるのだという。
彼:「どの方角から匂うのか、どれくらい離れているのか。そんなことまで自然とわかるようになるんだ。煙草だったら人数まで大体わかる。え?・・・いや、流石に銘柄まではわからん。山を下りると、すぐに元の鼻に戻るんだけどな。まぁ篭もってる間は好き勝手放題に吸えないから、その代償かもしれん」
半時間後、小屋を訪れた客がある。
私たち共通の山仲間だった。
その数、四人。
山仲間:「遊びに来てやったぞ」
山仲間:「おー、お前らも来てたのか」
そう言いながらドカドカと遠慮もなく上がり込む。
友人:「煙草、吸ってた?」
思わずこちらの一人が聞いていた。
四人はきょとんとした顔をすると、うち三人が携帯用の灰皿を出した。
山仲間:「○○で休憩した時吸ったけど」
山仲間:「俺は吸ってないけどな」
一人だけそう答える。
差し引き三人。
彼の予測とずばり合っている。
山仲間:「・・・そうかっ、そんなにもお前の身体はニコチンを欲していたのかっ」
その後は一晩中、そう言って彼をからかいながらの宴会となった。
彼:「やっぱり言うんじゃなかったな、コンチクショウ」
憎まれ口を叩いているが、嫌がってはいない様子。
一人より多勢の方が楽しいのだろうな、やはり。
次回より、差し入れの品に煙草が含まれるようになった。
吸わない私などにとっては「大概にしろよな」という感じではあるが。