知り合いの話。
彼の地元の山森には、変わった言い伝えがある。
横倒しになった木の下を、潜って通ってはいけないというのだ。
そういう倒木には物の怪が棲み付いていて、下を潜った者の背に飛び移ると言われている。
物の怪の姿は目に見えず、いつ背に乗られたのかもわからない。
ただ足を進める毎にどんどん身体が重くなるので、それと知れるそうだ。
重さに挫けず森を抜けると、諦めて背から離れてくれるので助かる。
しかし、暗い森の中でへたり込んでしまうと、二度と腰を上げることは適わず、一歩も動けないままそこで息絶えてしまうのだと。
地元ではオブサリと呼んでいたという。
それほど深くもない森なのに、なぜか遭難者が多いのは、このオブサリの所為だと皆が信じていた。
誰か他の者の手助けがあれば、オブサリはすぐに退散するらしい。
「森に入る時は一人では入らんようにな」という祖父の注意を、彼は今も覚えているそうだ。