友人の話。
バイクで一人旅をしている途中、ある峠道でビバークすることにした。
ぐっすり眠っていた真夜中、不躾な邪魔者に目を覚まされた。
何かが彼女の顔を、暖かく濡れた舌でベロベロ舐め回したのだ。
不快な感触に飛び起きたが、自分以外の姿は何も見えない。
だのに、何かが彼女をしつこく舐め回し続ける。
大慌てで寝袋から抜けだし、手足を振り回して奇声を上げるうち、見えない何かはガードレールを乗り越える音だけを残し、山奥に去って行ったという。
大学のサークル室で青筋を立てながら報告する彼女に、先輩が地図を持ち出した。
先輩:「それ、ここいら辺の山じゃないか・・・あぁやっぱり。そこの山々って、昔はムスビ山って言われてたそうだよ。ムスビってのは“産び”と書くらしい。山の神様に舐められた女性は、子宝を沢山授かるという有り難い所だって」
友人:「子宝ねぇ」
まだ現役の学生だった彼女は、そう言って顔を顰めていた。
ちなみに彼女、卒業してからこれまでずっと独身を守り通している。
だものだからムスビ様の神通力は、今のところ確認できていない。