夢の話です。
私は夜中、家の庭で電車を待っていました。
家の庭というより、その目の前の原っぱの真ん中に座っていました。
目の前を廃線になった今で言う第3セクターの線路が、そのまま田んぼの中に延びています。
遠くから、自転車のベルの音とライトの光が暗闇を切り開きました。
私は、待っていたものと違うなあと思いました。
チャリンなんて可愛い音ではなくて、999みたいな電車を待っているのに・・・。
自転車には、顔を包帯で巻いた男の人が乗っていました。
その人は、私を抱き上げて後ろの荷台へ乗せました。
男の人は私を乗せたまま、線路をはずれました。
それから庭の中に入り自転車を止めました。
庭と線路がある原っぱの間に境界はありません。
しかし、祖母が並べた白い小石が我が家の所有地を教えてくれていました。
しばらくして電車が来ました。
男の人の背中から乗り出してみたら、オレンジ色の車両なことにがっかりしました。
車両は家の前に停まりました。
電車にはたくさんの人がいましたが、もぞもぞと黒い影が動くだけで、どれもよく姿が見られません。
ドアが開いて、影達が降りました。
私は、その影達が自分を探していることに気づき、大きく手をふりましたが、こちらに気づく気配はありません。
ああ、見えないのか・・・と思い、私は「おーい」と呼びました。
包帯の男の人が私を振り返りました。
ひゅーひゅーと喉が鳴って、怒っていました。
私は初めて怖くなりました。
ひゅーひゅーという音で、喉が潰れていることを悟ったのです。
影達がのそのそとこちらに向かってきました。
ベタベタと嫌な音をさせながら、腕らしきもので宙をかきます。
私は声をかけた事を後悔し、化け物に挟まれた状況に動揺していました。
しかし、影は庭に入ってきません。
並べられた白い石の前で、もぞもぞと動くだけです。
安心したのもつかの間、影たちはひそひそと甲高い声でなにやら呟きはじめました。
「ひとりだよ、ひとりだよ、ひとり出すまで帰らないよ」
私はそれが自分に対しての事だとわかりました。
行かなければいけないのだと突然思い知らされたのです。
母が手入れする庭と、家の中で寝静まる父や兄弟や祖母とはもう別れなければいけないと思ったのです。
白い小石の前に立つと、包帯のその人が後ろに立ちました。
それから、その人はひょいと境界を越えてしまいました。
影達はその人の体にべったりとまとわりついて、そのまま連れて行こうとしているのが分かりました。
家族が連れて行かれないためには私が行くしかないのに。
私は包帯の男の人に取り憑くつく影を取ろうと、やっきりになりました。
男の人は私の両手を押さえて、そのまま私の前に跪きました。
同じ視線になってみて、私はやっとその包帯の下に目を見つけることが出来ました。
目が合ったとき、私はその人の瞳に見覚えがあると思いました。
私は手のひらで男の人の顔を包帯の上からなでました。
ひゅーひゅーという音と共に、掠れた声が耳に届きました。
「やさしいなあ、やさしいなあ、お前のためなら平気だなあ」
それからのことはよく覚えておらず、その時のことは自分の中で夢として処理しました。
しばらくして、私は実家のアルバムから祖父の写真を見つけました。
戦争で、祖母のもとに白い骨だけで帰ってきた祖父の目元は、父とよく似ています。