大学生時代の夏休みに蕎麦屋の出前のバイトやってたときの話。
郊外の住宅街で、ちょっと行けば丘陵地帯の雑木林が広がる田舎だった。
ある日、カツ丼5人前っていう注文が来た。
道端に原付を止めて、雑木林の奥へ5分くらい歩いて行った所だった。
工事現場か林業関係の注文だと思ってたんだけど、到着してみたら10年以上も誰も足を踏み入れてなさそうなボロボロの廃屋。
明治大正から建ってたんじゃないかってくらい古い平屋の納屋みたいな建物で、窓ガラスは全部無くなっていて、中を覗いてみると家具や電化品や粗大ゴミがあちこちに散乱していて埃が堆く積っていた。
誰もいないし、何か作業をしていた跡もないし、場所を間違えたと一瞬思ったんだけど、地図ではそこ以外にありえないし、家は他に無い。
かろうじて残っている表札の『吉田』も合っていた。
一応、「○○屋でーす」と声をかけてみたけど、当たり前のように返事は無い。
やかましいセミの声しか聞こえない・・・。
家の周りを探したけど、どこにも人はいない。
電話では、誰もいないかも知れないから家の中に勝手に入って置いていってくれ、っていう話だったらしい。
テーブルの上に代金が置いてあるから勝手に持ってってくれと。
で、恐る恐る家の中に入ってみた。
裏口から薄暗い台所に入ってみると、テーブルの上に封筒があって、中にきちんと代金が入っていた。
足の踏み場も無いくらいいろんなものが散乱していて、電気もつかないし、ハエや変な虫がいっぱい飛んでて、埃で空気も悪い。
食事や休憩に使うにはあまりにも不衛生で環境が悪すぎる・・・。
壁にカレンダーが掛かっていて、1980年とあった。
20年前のものだった・・・。
ほんとにここで誰かが飯を食うのか?質の悪い悪戯か?といぶかったけど、代金があるんじゃ品物を置いていかないわけにはいかない。
カツ丼を五つテーブルの上に置いて、俺は逃げるようにその気持ちの悪い廃屋から出て行った。
てんや物に使うにはちょっと良い焼き物だったんで、放っておくと店長に怒られるから、あんまり行きたくなかったけど、次の日、その廃屋へお椀の回収に出かけた。
予想通りというか、やはりそこには誰もいなかった・・・。
カレンダーの昨日の日付に赤いペンで○がつけてあって、「カツ丼5人前。ごちそうさん」と書かれていた。
昨日の客の誰かが書いたんだろうけど、20年前のカレンダーなんで、妙に不気味だった。
テーブルの上に食器が置いてあった。
出前の電話はやはり悪戯じゃなかったようで、カツ丼は完食されていた。
ただ、ひとつ足りなかった。
お椀は四つしかなかった。
そこらへんを見て回ったけど、どこにも無かった。
神経質の店長は怒るかもだけど、仕方が無い。
とにかく一刻も早くそこから離れたかった。
四つだけ回収して帰ったが、やはり怒られた。
次の日俺は休みだったんで、高校の同級生で一緒にバイトしてる伊東が代わりに残りの一個を回収に行かされた。
・・・どうやらお椀は見つかったらしい。
奥の居間(らしき部屋)にあったそうだ。
小心者の俺はテーブルの周りをちょっと見回しただけで、奥の部屋へは行かなかったのだ。
良い笑いものだ。
自分でも夢を見たのか?と思うような体験だけど、どう考えても現実なんだよな・・・。