福耳先生と心霊写真

中学の頃、霊感があると言われていた凄く目力のある福耳の先生がいた。

私は道場で空手を習っていてたが、中学の空手部は弱くて入る気はなかったので、福耳の先生に誘われた文芸部に所属していた。

この福耳の先生が厄介な人。
空手部も掛け持ちで顧問をしていた為、中学二年になる頃にはときどき練習や試合に駆り出されていた。

そんな中学二年の夏休みだった。

空手部が一泊二日の強化合宿をするので来ないかと誘われたのだ。
場所を聞くとなんと学校で泊まり込むと言うでわないか。(学校の敷地内に宿泊施設があったのだ。)

なんだか楽しそうだったので、私はその誘いに乗って一泊二日、学校合宿が始まった。

日中は普通の練習で、武道場は冷房もなく茹だるような暑さだった。
空手部には同じクラスのNという奴がいて、Nに夜の学校に忍び込もうと誘われたので風呂に入って晩御飯を食べたら鍵の壊れている美術室から忍び込む計画を立てた。

日中の疲れからか他の部員は早々と眠りについてしまい、Nと私は起こさないように宿泊施設を出た。

出てすぐのところで福耳の先生が立っており、どこに行くのかと言われた。

適当にごまかせるはずもなく素直に夜の学校に忍び込むつもりだったと言うと、夜は警備システムが入ってるから入れないと言われた。

そして福耳の先生は「ついておいで」と言って学校へ向かって歩き始めた。

私とNは怒られるんじゃないか?とドキドキしながらついて行ったが、福耳の先生は教員用の出入り口のロックを解除して私たちを中へと招き入れた。

Nが先生にいいんですか?と聞くと、先生は始めから肝試しするつもりだったのにみんな寝てしまってがっかりしていたところだったと言った。

福耳の先生は続けてこう言った。

「今日は中庭で肝試しをしよう」

なんで中庭なんですか、と私が聞くとNがこんな話を始めた。

私たちが通う中学は戦後直ぐに建てられたもので、隣接する小学校は戦前からある。

戦時中は軍に小学校の明け渡しを要求され神風特攻隊の基地や軍の病院になったという噂があった。

学校のすぐ近くには神風特攻隊の慰霊の地があったりして真実味があるのでそう信じている人もいる。
さらに中学校には慰霊碑が建っていた。
それも一つではなく三つである。

そのうち一つは在校中に亡くなった教職員、生徒児童のためのもの、一つは学校で飼育している動物のためのもの、最後の一つは、中学校の中庭の隅にひっそりと生徒が入らないようにチェーンで囲いがされた大きな平たい石で何のためなのかは知らなかった。

この最後の一つが戦時中に建てられたものなのではないかと言われていた。
この最後の一つを見に行くんでしょ?とNが福耳の先生に言うと先生は笑って詳しいねといった。

そして惜しいけど違う、とも。
福耳の先生が言うには神風特攻隊の基地は別の場所にちゃんと基地跡として残っている。
軍事病院だった記録もない。
けど、神風特攻隊の飛行機が落ちた記録がある。

そこまで言うと先生は中庭に入る前に写真を撮っておいでと私に使い捨てカメラを渡した。

ビビリな私はなんで写真を撮るのか?と聞くと、怖い話をされそうで嫌だったのでおとなしく受け取った。

どこを撮ればいいんですか?と聞くとフィーリングだよと返された。

Nにもカメラを渡し、ふたりばらばらに歩き始めた。

私はまず玄関にある大きな鏡、足音の彼女と会った一直線の廊下、自分のクラスの教室、図書室、そして最後に中庭で待つ福耳の先生を写した。

まだ何枚が残っていたが、怖すぎて先生の元にも走って帰った。

Nは使い捨てカメラを使い切って帰ってきた。
福耳の先生はお疲れ、と私たちのカメラを回収し、じゃあ帰るか、と言った。

Nはもう帰るの、結局何もしてないじゃんと不満げだったが渋々と先生の後をついて行った。

次の日の練習は散々だった。
私は足を払われた時にバランスを崩して膝の皿を脱臼してしまい病院に運び込まれてしまった。

そこからトントン拍子に手術が決まり、結局夏休みが終わっても一ヶ月くらい学校に行けなかった。

久しぶりに学校に行くともう衣替えの季節であった。
まだ松葉杖で歩いていた私をNは遠巻きに見ていた。

話しかけてもよそよそしかったので、彼との友情も二ヶ月ちょっと会わなければ薄れるようなものだったんだと悲しくなった。

そんな私を福耳の先生は呼びたして夏の思い出、と言ってあの日撮った写真をくれた。

見てごらんと言われるがまま見たが、薄暗い気味の悪い学校と言った感じで対して何もなかった。

私はなにもないですね、と先生に言った。

先生は嬉しそうにそれはNが撮ったやつだよ、君のはこれ、と別の写真を持ってきた。

まず玄関の鏡、鏡ごしの後ろの方に人のようなものが写っていた。
たぶんNだ。

一直線の廊下、オーブが所狭しと写っていた。

自分の教室、図書館、中庭で待つ福耳の先生、これらの写真には共通のものが写っていた。
左腕のない軍服の青年だ。

顔は帽子でよく見えないが、まだ大人じゃない少年から青年に変わる途中の様だ。

福耳の先生は私に言う。
「怪我した君の足はどっち」

右足です、と私は答えた。

「この写真と関係あると思うか」

ないと思います。

福耳の先生が満足げに言った。

「はじめNと見たときはこの写真、右足も無かったんだ」

黙った私をみて続けた。

「写ると取られるよ」

そう言って私の撮った初めの写真を渡してきた。
よく見ると鏡を写している私の周りに不自然な光の歪みがあることがわかる。
そう、ちょうど人がいて影になっているような歪みがいくつがあった。

「左腕にも気をつけて」

福耳の先生を見ると新しいおもちゃを買ってもらった子供のように笑っていた。

左腕ですが、中三のときNが体育のサッカー中にこけてしまい左の手首を骨折して少ししか曲がらなくなりました。

あの鏡の写真に写っていたのは私だけではなかったので。
これも文章に入れればもっと怖くなったのに、といまさらながら後悔してます。

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