故障中で動かないはずのエレベーター

カテゴリー「心霊・幽霊」

俺の通ってた大学の研究棟にあるエレベーターはやたら古くて、しかも整備がなってなかった。

電灯はいつから換えてないのか、細かく明滅を繰り返してて目が悪くなりそうだった。

8階まである押しボタンは、タバコを押し付けられたらしくて、歪にとけてた。

エレベーターの壁も落書きだらけ。
下ネタ単語を書いただけの奴もあれば、昔懐かしい相合傘や罵倒の言葉もあった。

入って正面には大きな姿見が付いていたけど、茶色く変色していて誰も使わなかったなぁ。

しかもエレベーター内は、どこかのアホが小便でもしたのか知らないが目茶苦茶臭かった。

だからこのエレベーターを使うのは1階から8階に行く時とか、重い荷物を運ぶ時だけってのが、暗黙のルールみたいになってたんだわ。

知らない一年生なんかが乗るのを見ると、心の中で「あ~あ、ご愁傷様」なんて思ったもんだったよ。

俺は大学時代は理工系の物質についてを勉強してて、卒業研究も物質系統だった。

何も知らない奴が物資研究、なんて聞くとカッコいいと感じるらしい(俺の友人の場合は)が、実際は機械任せで物凄く時間ばかり掛かり、しかも目を離せないと言うのが現状のキツイ研究だ。

その時は金属を特別な顕微鏡で観察するために、丸い金属塊を板状に切る作業をしなければならなかった。

それは件のエレベーターで8階に行ったうえで、8時間ほど掛かる作業だったから俺は急性鬱になったね。

俺は体育会系と言う訳でもないけど、体力は結構あるほうだったんだ。

だから臭いエレベーターで行くよりも軽い運動がてらダッシュで8階まで上った。

気分をリフレッシュしないと8時間もやってられないからっつー理由もあったけど。

そもそも、研究棟8階に訪れる人は少ない。

8階はその金属カッターのある部屋を除いて、ほとんどが物置部屋と化してるからだ。

事実、その時だって俺以外には人の気配なんて全然無かったね。
まぁ、ともかく金属加工を済ませるべく俺は金属カッターの部屋に入った。

金属カッターにプログラム入力をしたら、あとはただ見張ってりゃいいだけだった。

いいだけなんだけど、さっき書いたようにそれが8時間も掛かる。
プログラムを終えた時にはもう6時廻ってたから、終わるのは単純計算で夜中の2時頃になる訳だ。

完璧に終電終わってて、徹夜確定コースだった。

友達を呼ぼうかとも思ったんだけど、そう言う時に限って全員早上がり。
かくして俺の一人徹夜我慢大会が始まった訳だ。

金属カッターはプログラムさえすれば何もしないでもいいんだが、もしもの時の安全対策に長時間離れるのは禁止されている。

逆を言えば離れなきゃ何してたっていいっつー事。

俺は早速、事前に持ち込んでおいた漫画を読みふけったよ。

まぁ夜食(コンビニ弁当)食ったり、携帯いじったり、また漫画の続き読んだり。

そんなこんなで、やっと作業終了を告げる機械音がなってくれた。

時計を確認したら、予想時間よりチョットだけ遅くて2時10分過ぎ。

どうせ大学で寝る事を決めてた俺には、10分遅かろうが速かろうが大差ない事だったけどね。

金属カッターを停止、掃除してその日の全工程が終了。

どうせ寝るなら良い場所で寝たいと思った俺は、仮眠室に向かうべくエレベーターに乗りこんだ。

もう1回携帯の時計を見たら2時30分で、掃除に手間取っちまったなぁと思ったよ。

それから、相変わらずの電灯の明滅と酷い悪臭に気持ち悪くなりながら1階ボタンを押したんだ。

さっき書かなかったけど、エレベーターの扉はガラス張りで向こう側が見えるようになってる。

例によって薄汚れててあんまし見えないんだけどね。

独特の音を立てながらエレベーターがゆっくり下り始めた。

7階6階と階が変わるたびに、窓越しに廊下が見える。

8階だけじゃなくて、この棟全体でも俺しか居ないのかもしれないと思った。

廊下は真っ暗で、人の気配もやっぱ全然しなかったから。

そんなことを思いながらエレベーターは動いてく。

んで5階を通り過ぎて4階にきた時、妙な事が起こった。

エレベーターが止まって、ドアが開いたんだ。

もちろん人は居ない。

もしかして近くに居るのかと思って、顔を出して周りを見ても誰も居ない。

怪訝に思いながらドアを閉めると、エレベーターが下降を始めた。

そんで、俺はボンヤリとエレベーター扉のガラスを見ていた。

あーやっぱ誰も居ない、真っ暗だなぁとか思いながらね。

夜のエレベーターのガラスは、外が暗いせいでまるで鏡みたいになっている。

そしてふと気付いたんだ。

誓って言う。

間違いなく誰も居ないエレベーターに乗り込んで、間違いなく誰も乗ってこなかった。

けど、ガラス鏡の中に、確かにボサボサ頭の長い髪の女が、後ろを向いて立ってたんだ。

俺は振り返る事も、動く事も出来ずにただ1階が来るのを待ってたよ。

その日は無理言って友人の家に転がり込んだ。

翌日、この事を話したけど全然信じてもらえなかった。

その時友人に言われた事を、今もはっきり覚えてる。

「だってあのエレベーター、1ヶ月前から故障中で動かないだろ」

俺があの時に見た女は何だったのか、俺があの時乗ったエレベーターは何だったのか。

今も分からない。

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