弟と夏の旅行にいった時の話。
20年近く前、家族旅行である島にいった。
父が体調を崩したので、母と俺と弟の三人で船釣り体験というのに参加した。
途中で母が船に酔い、もう少しだけ釣ったら陸に帰ろうという話になり、俺は船の真ん中あたりで、弟は先端あたりで釣りをしだした。
ふと気づくと、弟が落ちそうなくらい前傾姿勢で海を覗き込んでいた。
このままじゃ落ちる!と思った俺は急いで弟をとめにいったが、弟は俺をチラッとみて「にーちゃん、アレ」と海の中を指差した。
俺は何も見えなかったので「何?魚?」と聞くと「ううん・・・いやなんでもない」と答え、すぐ帰ろうと船主さんに言い出した。
その後、弟は沈んだ様子で、何があったのかと聞いても答えなかった。
翌朝、俺が寝ていると枕元に弟がきて「にーちゃん。昨日俺、女の人の死体みたんだ」と言い出した。
「海の中に髪の長い女の人がいて、ゆっくり手をふって、おいで、おいでってしたんだ。
俺死ぬかもしれん」と言いながら泣き出した。
母親も父親もその声で起きて、結局、予定を切り上げてその日に家に帰ることになった。
その翌日、テレビのニュースで俺たちが泊まっていた島の別の場所から、女性の遺体を発見した、というニュースをやっていた。
父親が「お前が見たの、これだろう。多分死体がゆらゆらしてるのを、手招きしてるように見えたんだ」と言ったら弟は「絶対違う。海の中から俺の方をみてた。目があったから」と言い張った。
結局、それが遺体なのか、それとも別の何かなのかはわからなかった。
ただ、それ以後、泳ぎがうまいにもかかわらず、弟は極端に泳ぐことを怖がって、海にもプールにもいかなくなった。
それから10年して、弟はある会社に入り寮に入った。
先輩に誘われて断りきれず、少し離れた海水浴場に先輩・同僚と遊びにいき、そこで亡くなった。
家族誰も言わなかったけど、心のどこかであの時の女が関係してるのかもしれない、と思っていたと思う。
未だに、あの時、弟の言葉を信じてお祓いとか受けさせておけば、もしかしたら死ななかったんじゃないか、と思うことがある。