お手洗いでのお話です。
お手洗いには『出る』というお話がつきものですが、お手洗いというのは言うまでもなく食べ物を消化吸収した後のカスを排泄する場所です。
ほとんどの方が毎日の生活の中で魚や鳥や牛、豚などの肉を食している事を思えば、考えようによってはお手洗いというのは我々に喰われたそれらの動物の『成れの果て』の行き着くところかもしれません。
仕事からの帰りに僕は自宅マンションの向かいにある大きな公園のお手洗いに入りました。
和式の便器にまたがり用を足していると、後頭部の方から強烈な視線を感じましたが、そんな事は勘違いも含めれば日常いくらでもある事です。
「また変なのが寄って来てるな」と思いながら構わずにしゃがんでいると、今度は背中越しにハッキリと何者かの気配を感じたんです。
どれぐらいその気配が感じ取れるかというと、最初に少し後方に立っていたそいつが少しずつ僕の背中に近づいて来るのがリアルに感じとれるんです。
それは例えて言えば・・・もの凄く細かい粒子の水蒸気を含んだ、冷たい気体の塊が僕の後方で動いている感じです。
時期は夏の真っ盛りで、基本的には蒸し暑い空気の中でそれが動きますから視覚でとらえていなくてもその存在ははっきり確認出来ました。
お手洗いという狭い空間の中で、しかもパンツをおろした無防備な体勢で背後から迫られた時の危機感は、ある種あきらめざるを得ないものがあり・・・グッと歯を食いしばり、気持ちだけは確かに持とうと開き直りました。
その瞬間、ス-ッっと冷たい空気が僕の背中に近づきました。
「おぶさってくる・・・」
そう感じた僕の身体は全身が硬直しました。
冷やっ・・・。
僕の両方の肩にワイシャツを通して冷たいものが乗っかかってきました。
やがて『ペタペタペタペタ・・・』と、背中全体に冷たい粘着性のものが張り付いて来ました。
「ん~っ・・フーッ、フーッ」っと、僕は知らない人が聞いたらまるで興奮しいるような鼻息を出しながら理性を失わないようにこらえました。
一度動作を早くしてしまった瞬間に恐怖が増大してしまいそうで、僕はゆっくりゆっくり紙を巻き取りお尻を拭く一連の所作を普段と同様に行う事でなるべく冷静を保つように努力しました。
その間、僕の腕が動くのも構わずそいつの手は両方の肩にしっかりつかまったままで、立ち上がってズボンをあげベルトを閉めている間もそれは同様でした。
『ザ-ッ』と水を流すまでは何とか気を確かに保ち、お手洗いのドアに手をかけたと同時に僕の肩に乗った手が『ググッ』と力を込めました。
「ウワッ!!!」
お手洗いを飛び出した僕の脚は、長い時間しゃがんでいたのですっかりしびれてしまっていて第一歩をついた瞬間に捻ってしまい、前のめりになった僕は目の前の壁にブチ当たり、一刻も早く外に
出たかったのでそのまま這って転がるようにお手洗いの建物から出ました。
こんな時の僕の悪い癖で、気持ちが少し落ち着いた後でまた中に入ってみようかなとも思いましたが、この時ばかりは怖すぎてその場を去りました。
心霊現象に詳しい知人に聞いたところ、公衆トイレというのは色んな人が使うので多くの念が残りやすいということらしいということで、それ以来、家以外のトイレは使えなくなってしまいました・・・。