俺は霊体験も無いが、ただ一つ不思議な話を親父から聞いた。
親父は真面目で嘘をつく様な人間ではない。
毎朝、山仕事で家の近くにある山に行くのが日課になっており、その日も山で作業をしていた。
あれは確か1977年の7月下旬から8月上旬でしたから、もう20年ほど前のことでした。
私は友人と3人で北アルプスの裏銀座コースという3000m級の尾根を縦走していました。
縦走というのは山の頂上を巡り歩く山登りのことです。
第2泊目、野口五郎小屋という所に泊まったのですが、割合すいていて、自家発電による電灯、TVもあり、食事も良く快適でした。
それでも登山者は早朝に出発するものですから、夜9時前には消灯して寝るのが普通です。
寝るところはセンベイ布団はありますが、いわゆるザコ寝です。
皆が寝入って静かになった頃、ラジオを聴いているヤツがいるのです。
小さな音でしたが、静かなだけに気になりました。
皆が疲れているのに迷惑だな・・・と思いながらもそのうちスイッチを切ってくれるだろう・・・と待っていました。
しかし、だんだん腹が立って、起きあがって小屋の従業員に、注意してくれるように言いに行きました。
しかし、誰もラジオなど聴いている客などいなかったのです。
他の客も起き出して調べたところ、あるリュックの中のラジオが鳴っていたことがわかり、そのスイッチを切って事は収まるはずでした・・・。
従業員がぽつりと漏らしました。
そのリュックの持ち主は今夜の客の中にいないんです。
恐らく本人の荷物を置いたまま、身軽で下山したのではないか、と言うのです。
野口五郎岳から一日で麓に下山できるコースはありません。
夏場とはいえ装備無しで下山するなど自殺行為とも言えます。
ラジオのスイッチはずーと入りっぱなしだったのかもしれないし、荷物を動かした際に入ってしまったのかもしれません。
静けさの暗闇の山頂で聞こえたラジオは、電波状況のため音量にウエーブがかかっていて、断片的に番組提供者名が聞こえていました。
「・・・霊友会です・・」