何年か前に新聞記事になった実話。
初めは多分戦後からあまり経ってない頃だと思う。
彼は生まれてからずっと家族からいじめられ、まともに食べ物も与えられず、給食で何とか生きのびていたという。
中学生のある日。
とうとう我慢できなくなり、山に家出してしまう。
とぼとぼと山道を歩いていると、後ろからワンワンという犬の鳴き声が。
それは家で飼っていたシロだった。
とても咬み切れそうもない綱を切って追いかけてきたのだ。
なぜ家出したことがわかったのか不思議だったが、それからシロと山を転々とする生活が始まった。
食べ物はシロとの共同作業でウサギ、ヘビ、ネズミほか何でも獲って食べた。
獲れたものは全部シロと分けあって食べた。
ある日シロがいきなり体当たりしてきた。
いぶかしりながら「何すんだよ」と言ってると、元々いたところに巨石が落ちてきた。
シロは危険を察知して助けてくれたのだ。
ある時は高熱が出て一歩も動けなくなった。
シロは破れたシャツを咥え、何度も何度も川へ行って濡らしてきては届けてくれたおかげで、やっと熱が引き助かったこともあった。
山で暮らし始めて何年か後のある日の夜、それまで一度も甘えたことがなかったシロが急にクーンと鳴いて甘えてきた。
ピッタリ寄り添って離れようとしない。
次の日起きてみると、シロが息絶えていた。
シロは最後を悟り、最後の最後だけ甘えてきたのだ。
一人泣いた。
何十年も過ぎ、関東から始まった山の中暮らしは東北南部にまで移動していた。
その頃は釣り名人として、ごく一部の渓流釣り人には知られるような存在になっていた。
たまには街中にも下りていた。
そしてある日、自動販売機のお金を盗んだ容疑で逮捕され、そこで初めて何十年間も山中生活をしてたことがわかり、新聞にも掲載される。
今は釣りを通じて知り合った後見者のもとに身を寄せている。
しかし今もなお、何十年前に出たふるさとの事は話したがらないという。