月が出ると必ず現れるヤツ

カテゴリー「不思議体験」

とある棚田の集落で聞いた話。

そこは山の斜面に張り付いてあるかのような小さな集落で、傾斜に沿って大小形も様々な美しい棚田が広がっていた。

その棚田には、一匹の河童が住んでいるという。
しかし河童といっても、よく絵に描かれるような、甲羅を背負い皿を被ってキュウリを好む緑色の生き物とは、また別らしい。

その棚田の河童は、おかっぱ頭の子供の影なのだという。
影なので、顔はおろか男か女かさえもわからない。
ただ、大きさや仕草から子供だろうと推測されており、集落の住民の中にはストレートに「田童」と呼ぶ者もいるという。

ではなぜ河童と呼ばれているかというと、泳ぎがとても達者だかららしい。

浅いはずの田んぼの中を、まるで池で泳ぐようにスイスイと自在に泳ぐ。
また、どういった理屈かはわからないが、田んぼから田んぼへ土中を潜って自由に移動できたらしい。

その河童にとっては、田んぼの畦などプールのコースロープと同じなのかもしれなかった。

河童はいつも月の出とともに現れ、夜中を田んぼで遊び、月の入りとともに消えてしまうという。
現れるのは水を張っている間だけだが、時には水を抜く直前の田んぼで稲穂を撫でていることもあるらしい。

数多くある棚田のどれか一つを住処としているらしく、どこに住むかはその年の気分次第だそうだ。
ただ、河童が住み着いた田んぼは必ずその年豊作になるため、集落の人々は自分の田んぼに来てもらえるよう、田起こしの前にはこぞって供え物をするのだそうだ。

私:「お供え物はなにを?やっぱり、キュウリですか?」

私がそう尋ねると、話をしてくれた男性はいやいやと笑った。

男性:「実はキュウリは人気がなくてね。甘いお菓子が人気のようだよ。やっぱり、河童というより田童だな。今年はうちの田んぼに来てくださったみたいでな。娘に頼んで、いいとこのチョコレートを買って来てもらった甲斐があった」

彼が目をやった仏壇には、某高級菓子店の袋が置かれていた。
私は来客用に出された茶菓子を口にしながら、内心苦笑したのだった。

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