”それ”には魂が宿ってしまった

カテゴリー「不思議体験」

私の祖母はいわゆる”みえる人”であったようで、おばあちゃん子だった私は、様々な怖い話や不思議な話を聞かされて育ちました。
そんな祖母から聞いた話。

私は祖母とは違い”みえる”ことはありませんでしたが、祖母の影響なのか、不思議な体験をしたことは何度かあります。
これは、そんな話です。

幼稚園の頃だったでしょうか。
晩秋のある日、私はふたりの兄が学校から帰ってくるのを、当時夢中だったひとり遊びをしながら待っていました。

自宅の玄関の前でおままごとと称して、牛乳やワンカップの空き瓶に小石や木の実を詰める遊びでした。

地面にしゃがみ込み、下を向いて熱中していると、ふと頭の上に影がさしました。
振り返って見上げると、そこには汚れた作業着を着たおじさんが立っていました。
傾きかけた陽を背負い、おじさんの顔は暗くてよく見えません。

我が家の入り口には、やんちゃ坊主の飛び出し防止のために、祖父が設置してくれた門がありました。
金属製のそれは、開閉のたびに軋んで大きな音を立てていたのですが、遊びにのめり込みすぎていたせいでしょうか、おじさんが入ってくる音には気がつきませんでした。

「こんにちは」

誰に会っても挨拶をしなさいと躾けられていた私は、立ち上がっておじさんにそう言いました。
しかし、何も返してくれません。

聞こえなかったのかな?
そう思って、もう一度口を開こうとしたとき、「◯◯!」と、厳しい声とともに、祖母が玄関から飛び出してきました。

驚いて固まってしまった私を素早く自分の背に回し、祖母はおじさんと対峙しました。

おじさんは祖母の頭4つ分ほども背が高く、こんなに大きな人がいるんだと、私はぼんやりとそんなことを思いました。

普段はない祖母の剣幕に、事態が飲み込めなかったのでしょう。
祖母はおじさんに二言三言話していたようでしたが、内容はわかりませんでした。
おじさんの方といえば、何か応えたり頷いたりということもなく、ただそこに佇んでいるだけだったように思います。

やがて、おじさんはゆっくり踵を返すと、庭から出て行きました。
やっぱり門が何も音を立てなかったことと、おじさんの着ている服にどこか見覚えがあったことが、印象に残りました。

祖母:「◯◯ちゃん、なんか言われたかい?」

おじさんが姿を消したのを見届けてから、祖母は私を振り返ってそう言いました。

私:「なんも」
祖母:「ほんとに?」

私:「うん。あんな、こんにちはっち言ったのに、あの人なんも言わんやった」

私が少し憮然としてそう応えると、祖母はホッとしたように息を吐きました。

私:「あの人、だれ?」
祖母:「うーん、知らん人。やけん、ばあちゃんちっとびっくりしたんよ」

幼かった私は、祖母のそのはぐらかすような言い方の真意には、気がつきませんでした。

祖母:「さ、あんたもう中に入り」
私:「えー、お兄ちゃんたち待っちょく」
祖母:「ダメ。いいから入りよ」

祖母は有無を言わさず私を室内に入れると、なぜかその後ずっと私に張り付いていました。
遊んでいるときや食事中はもちろん、お風呂も一緒に入り、極め付けに「今日はばあちゃんと寝ようか」と言ったのです。

寒がりの祖母は普段、寝相の悪い孫たちと寝るのは好まなかったので、珍しいことに私は大はしゃぎで、布団の中で寝物語をいくつも催促しました。

祖母の話が尽き、私も瞼が重たくなって来た頃です。
ふと、窓を何かが叩いているような音に気がつきました。

コンコン、という聞きなれたノック音ではなく、弱々しくカチ、カシャ、と、まるで軽い棒切れの先でガラス戸を撫で叩いているような音でした。

私:「おばあちゃん、なんか音がするよ」
祖母:「今晩は風が強いけんよ。なんでもないけん、気にせんで寝てしまいなさい」

祖母はそう言いましたが、私はその音が、まるで何かが中に入りたがっているようで気になりました。
ですが布団の暖かさと祖母がいてくれる安心感で、やがて眠ってしまいました。

父:「うわ、なんかこりゃ!」

翌日、私は父の素っ頓狂な声で目覚めました。
祖母はすでに隣にはおらず、目をこすりながらなにやら騒がしい玄関の方に向かいます。

玄関にはすでに兄たちが揃っていました。
二人の間から顔を出すと、そこにあったのは、「これ、オヤジの田んぼの案山子やねぇかか?」と。
父の言う通り、それは確かに、祖父が田んぼに設置した案山子でした。

父:「なんでこんなもん・・・」
祖母:「夕べは風が強かったけんなぁ」

父の言葉に被せるようにそう言ったのは祖母でした。

祖母:「飛ばされて来たんやろ」

祖母の隣には、作業着姿の祖父がやや憮然とした表情で立っています。
そしてなにも言わないまま、転がっている案山子を無造作に掴んで、どこかへ行ってしまいました。

祖母:「じいちゃんに焼いてもらおうな。さ、あんた達は仕事に学校やろ、早よせんかい」

よくわかっていない私たち兄妹とは違い、父は明らかに釈然としない顔をしていました。
ですが家の中から母に朝食を急かされ、渋々その場を離れます。

私は、祖父の肩に担がれ、おそらくこれから畑で焼かれるであろう案山子が、なんだか可哀想に思えました。

凝り性の祖父は、田んぼの番をしてくれる案山子に自分のお古の作業着を着せ、揃いの帽子も被せていました。
なので、遠目に見ると本当に田中で作業中の人間に見え、時々挨拶をされているのを見かけたこともあります。
顔も、よくあるへのへのもへじのはなく、祖父が苦心してリアルな顔を描きあげていました。
リアルな分だけ、かなり不気味で滑稽ではあったのですが・・・。

ゆらゆらと揺れながら遠ざかる案山子を見送りながら、昨日のおじさんもあんな作業着を着ていたな、ふとそう思ったのでした。

私:「たしか、これくらいの時期やったよね。案山子が玄関まで飛ばされてきちょったの」
周囲の田んぼはみな稲刈りが済み、日に日に風に冷たさの増す晩秋のことです。
中学生になっていた私は、唐突に古い話を思い出し、祖母に話しかけました。

祖母:「そげなこと、あったかなぁ」

おやつのふかし芋を出しながら、祖母ははぐらかすように言いました。
ですがもう、私はそのようなごまかしが通用しない年頃です。
私の疑いの視線を受けて、祖母はひとつため息をついてから、当時の話をしてくれました。

祖母:「あんた、案山子が飛んできた前の日に、男の人が訪ねちきたの、覚えちょんかえ?」
私:「んー、挨拶してくれんかった人かな?おばあちゃんが急に飛び出してきて、びっくりしたわ」

祖母:「そうそう。あんた、そん人の顔を見た?」
私:「見てない、と思う。たしか逆光で、よくわからんかったんよ」

祖母はそこでお茶をひと口すすり、眉をひそめました。私は芋をひと口かじって、祖母の言葉を待ちます。

祖母:「見てないんなら、よかった。思い出すのも怖ろしいけどな、ばあちゃんにはあん人の顔が、田んぼに立っちょん案山子に見えた」
私:「え・・・」

予想外の言葉に、二の句が継げなくなりました。
全身に、ぞわりと鳥肌が立ちます。

祖母:「あんときはきっと、案山子の中に良くないものが入り込んでしまったんやろうねぇ。それがなんかはわからんけど、片付けられる前に、あんたを連れて行こうとしたんやろ」
私:「・・・連れて行くっち、どこに?」

祖母:「それは知らん。でも、連れて行かれたら大ごとやけん、慌てて止めたんよ。夜も家のぐるりをウロウロしよったなぁ。朝になってじいちゃんに焼いてもらってようやくほっとしたけど、あんときは本当、肝が冷えたわ」

祖母は言いながら、私にお茶を手渡してくれます。
それで、口の中に芋を入れっぱなしだったことに気づき、慌てて流し込みました。

私:「そんな怖いことやなんて、全然わからんかった・・・」

なにしろ、今の今まで思い出しもしなかったのです。
祖母がいなければ今の自分はここにはいないのかと思うと、私も肝が冷える思いでした。

祖母:「怖いもんは、わかりやすく怖ろしい姿をしちょんとは限らんけん。あんたも気をつけんといかんよ。ばあちゃんはいつも、ついておられるわけではないんやけんな」
私:「はぁい」

祖母の言葉に素直に返事をしながら、なんとなく冷えてしまった体をお茶で温め、ようやくほっとしました。

私:「案山子が変なものに取り憑かれることっち、よくあるん?」

私は祖母に尋ねました。
お茶とともに恐怖も流してしまったのか、今度は好奇心がむくむくと湧いてきたのです。

祖母は苦笑し、「やれやれ」と言いながら話してくれました。

祖母:「案山子っちゅうんは、単に田んぼを守ってくれる人形ではないんよ。ばあちゃんのばあちゃんなんかは、山の神さまが里を守るのに、案山子の姿を借りるんやっち言いよった。それで、里で稲が無事実ったら、役目を終えて山にまたお戻りになるの」

私:「え、じゃあ案山子っち、神さまなん?」
祖母:「田んぼで番をしよん間はな。でも、神さまが姿を借りる案山子は、本当は丁寧に凝って作ったらいけんの。なんでかわかる?」

”わからない”と私は首を振ります。
神さまが宿る案山子なら、丁寧に作るべきものではないのでしょうか。

祖母:「あんまり出来がいいと、神さまがそれを気に入っていつまでも居座って、山が留守になるっちいわれちょんけん。神さまがお留守になった山では、よくないことが起きるんやっち。やけん、案山子はわざと雑に作ったりするんよ。あんときじいちゃんがあんなに凝った案山子を作ったのには、ばあちゃん反対したんよ」

私は当時祖父が作った案山子を思い出しました。
兄たちはリアルな顔を面白がって笑っていましたが、確かによくできた案山子だったのです。

私:「もしかして、ほんとに神さまが入ってたかもね」
祖母:「さあ。なんにせよ、◯◯ちゃんを連れて行こうとしたんやけん、焼かれて当然よ。じいちゃんももう田んぼはやめたし、この先はなんもないやろ。でも、気をつけんといけんよ。知らん人にはついて行かんように」

大真面目にそう言う祖母に、「子どもやないんやけん」と今度は私が呆れたのでした。

あれから20年近くが経ち、田んぼで案山子を見かけることも少なくなりました。
今はよく、けばけばしい色のテープや古いCDなんかが、代わって田んぼを守っています。
動かない案山子より効果はあるのでしょうが、とても神さまは好みそうにありません。
その代わり、町おこしも兼ねているのか、道端に妙にリアルな案山子が並んでいるのを、時々見かけるようになりました。思わず挨拶をして、ひとり顔を赤らめてしまったこともあります。

見事な案山子の集団を見るたび、作り手の努力を感じる一方で、私はいつもどこか、薄ら寒い気持ちになるのでした。

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