もう丸の内線は使いたくない

カテゴリー「不思議体験」

大学時代の友人から聞いた話。

当時友人(仮にAとします)は、新大塚で一人暮らしをしていました。

本当は大学のそばに住みたかったらしく、春日・本郷などを色々探した結果、条件に合うものがなくやむなく大塚にしたそうです。

彼はよく有楽町・銀座・新橋などで遊び歩き、終電で帰ってくることも少なくなかったようです。

Aはその日も有楽町で遊び歩いて、終電で帰ることにしました。

普段なら、有楽町線で帰るところですが、なぜかその日に限って銀座駅まで歩いて丸の内線で帰ることにしたそうです。
まあ、護国寺駅よりは新大塚駅のほうがアパートから近かったこともあるのでしょう。

その日は、終電であるのに関わらず電車はがら空きでした。
1番後部車両に乗り込み、Aはシートに座って寝ることにしました。

彼はいつも電車の最後部の車両に乗ります。
彼曰く「人身事故を見ないで済むし、車両が脱線して反対側の車両に接触するような事故があっても安心できる」だそうで・・・。

しばらくウトウトしていると、急に寒気がして目が覚めたそうです。

ひどく爆睡していたらしく「周りの視線が気になり」ふと辺りを見回すと、ひどく暗い顔つきのOLやリーマンたちが何人か乗車しているだけでした。
生気がないといった感じだったそうです。

目が覚めてしばらくしても、なぜかひんやりと冷気のようなものに包まれたような状態は解消されず「冷房の調子が悪いのか?」と思い、一つ前の車両に移動したのです。

まあ、ヨダレ垂らして大口開けて寝てるのを、周りに見られた恥ずかしさもあったのでしょう・・・。

最後部の一つ前の車両は、ぼちぼち乗客がいたらしく、なんとか空席を見つけると再びAはウトウトしました。

今度は降車駅に近いこともあり、本格的には寝込まなかったそうです。

しばらく目を瞑っていると、新大塚駅に到着する旨のアナウンスが流れました。

何気なく後部車両の方に目をやるA。
しかしそこには、本来あるべき「最後部の車両」はなかったのです。

確かに銀座では、最後部の車両に乗りました。
それから一つ前の車両に移動したのですから、後ろにはもう一つ車両があるはずです。

しかし、新大塚駅に到着したとき、Aは最後部の車両に乗っていました。
もちろん後ろの車両に戻ったわけではありませんよ。

「乗り込んだときから、おかしな雰囲気がした。」
Aはそういっていました。

目が覚めたときも、周囲の乗客からして不自然だった、とも。
夏であるのに寒気がしたなども・・・。

しかしあのときに、前の車両に移らなかったらAはどうなっていたのか。
あの車両は何だったのか、何者を乗せていたのか。

もっと言ってしまえば、なぜAがその車両に出会ってしまったのか。
考えるだけでゾっとします。

それ以来、彼は丸の内線は使用していないそうです。
車両も真ん中しか乗れないそうです。

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