真夜中、息苦しさを覚えて目が覚めた。
何かが自分の上に覆い被さってきたかのような、そんな圧迫感。
ここ最近、こんな嫌な感覚を頻繁に覚えるようになっていた。
疲れてるのかなー、と思いながら首や肩を回していると、耳にブツブツと何か聞こえた。
ボソボソと囁く、誰かの声だ。
一瞬にして寝惚け眼が覚めた。
身を固くして寝室を探る。
どこから聞こえてくるのー?
声の主はすぐに判明した。
姉だ。
くーくーという軽い寝息の間間で、時々ブツブツと何か呟いていたのだった。
お姉ちゃん、変な寝言喋ってるなー。
何言ってるんだろう?と耳を澄ましてみたが、どうも内容が理解できない。
しかし不思議なことに、何処かで聞いたことがある言葉の調子だった。
微かな声に神経を集中させるうち、やっとその正体に思い至った。
御経だ。
ブツ切りなので中々わからなかったのだ。
聞いた覚えがあるのも当然である。
気持ち悪いなーと思ったが、寝起きの姉は凶暴だ。
気にしないことにして寝ることにした。
気持ち少しだけ、布団を離してから。
翌朝、先に起きていた姉に、昨晩のことを話してみた。
「嘘っ!私は全然知らないよ。大方、あんた寝惚けて、変な夢でも思い違いしてるんじゃないの?」
「そうかなー・・・聞いたんだけどなー。でも確かに、お姉ちゃんが正確な御経なんか唱えられる訳無いモンね。やっぱり思い違いかなー?」
「いや、唱えられるけど」
「嘘っ!?」
「安芸門徒舐めないでよね」
姉は平然と言ってのけたそうだ。
「・・・私も一応、浄土真宗安芸門徒なんだけどなぁ」
彼女はそう言って、肩を竦めた。
それからも度々、夜中に目が覚めると、姉が御経を唱えていたという。
「何かねー、私が嫌な圧迫を感じると、決まってお姉ちゃんが念仏唱えてるの。私の息苦しさって、実はお姉ちゃんが原因だったりしてー」
友人が冗談めかして笑って言うのに、思わず冷静に突っ込んでしまう。
いや、実際にそうだと思うぞ。
多分それ、姉さんが原因だろ。
「何でよー?」
変なモノに好かれてたのは、どちらかと言えば姉さんだろ。
ほら、靴箱の中で握手されたりしてたじゃないか。
「あー、そう言えば確かに」
だから思うに今回の件も、その重苦しい気配だか何だかしらないが、まず姉さんの
上に乗っかるんじゃないか?
で、追い払おうと無意識に有り難い御経を唱えてるんじゃね?
「ふーん・・・って、アレ?それじゃもしかして」
うむ。
姉の上から逃げ出したソレが、隣で寝てるお前さんの上に移動したってコトじゃないのかな。
呆然とした顔で「・・・御経、学ぼうかなー」ようよう、それだけを口にした。
遅いんじゃないの。
何も考えず、反射的にそう口にしてしまう。
彼女はその後しばらく、私からの電話に出てはくれなかった。