「稚児岩」はいわくつきの場所だった

岐阜県土岐市にある稚児岩にまつわる話。

戦国時代に森武蔵守長可(森蘭丸の兄)という織田信長に仕えた武将がいたが、その部下に加藤彦左衛門という者がいた。

加藤には子供がいなかったため、毎日妻とともに森長可からもらった観音像に子宝を祈願していると、ある日夢でお告げがあり、家の近くの谷に行くと、谷底から赤ん坊の声がした。

夫婦で見に行くと、そこにはただ大きな岩があるだけで赤ん坊の姿などない。

しかしそれから間もなく加藤の妻は懐妊し赤ん坊を産んだため、この岩は「稚児岩」と名付けられましたとさ、めでたしめでたし。

・・・と、ここで終わればいい話なのだが、実はこの「稚児岩」に関してはもう1つの説があって、それによると加藤はかつて妻の兄を殺しており、ある日、それを知った妻によって殺される。

しかし妻はすでにみごもっており、赤ん坊を出産。
赤ん坊は子供に成長したものの、大きな岩で遊んでいたところ転落してしまい死亡。

以後、この岩は「稚児岩」と呼ばれるようになったとか。

もしこちらが本当なら観音様の御利益とはいったい。

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