猫を片手で机に押し付けながら

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

今年の8月に小学校の同級会が18年ぶりにあった。

高校のは成人式以来何度かやっているし、中学校のも1度あったが、ほとんどが同じ中学に進学してるからなんだろうが、小学校のは初めてだった。
せっかく地元に残ったやつらが企画してくれたんだからと思って、会社の夏休みの時期を調整して参加した。
会場は料理屋の二階の座敷で、出席したのは39人のクラスで半分以下だった。

少ないと思うかもしれないが、過疎県で県外に出てるやつが多いし、ちょうど仕事も家庭も忙しい年代なんでこんなもんなのかもしれない。
5・6年と持ち上がりの担任の先生はまだ40代のはずなんだが、体を壊して早くに退職していて、当日は来ていない。
招待を出していないのかもしれない。

俺らが小学生のころは、教師になって数年目で初めての高学年。
学級崩壊とまではいかないものの、かなり問題が連続していつも怒ってばかりいた印象しかないんで、こういっちゃなんだが・・・来ないことに皆も気が楽だったろうと思う。

卒業アルバムを引っ張りだして予習してきたおかげで、顔と名前がスムーズに一致したし、会自体は盛り上がって楽しかった。
いろんな話題が出たが、咲田というやつが「作法室」の話を始めた。

俺らの小学校はかなりの大規模校で、学年7クラスくらいずつあって全校1500人を超えてた。
だから校舎も3階建てで広いのに小学校だと移動教室は美術と家庭科とかしかなかったから、あんまり行かない場所というのもけっこうあった。

咲田によれば「作法室」は家庭科室前の廊下の突き当りにあって、そこだけふすまの戸で、白い板の作法室という札がかかっていた。
そこを開けると、かなり広い畳の間があって折り畳み式の長机と座布団が隅に積まれていた・・・ということだったが、たちまち皆に反論された。

他の人:「そんなのはなかった」
他の人:「6年間で一度も入ったことがない」
他の人:「家庭科室の奥は給食室だった」

咲田はそれらに答えた。

咲田:「俺もあやふやなんだよ。その作法室には1回しか入ったことがなかった。先生に放課後残されてすごく怒られて、俺も反抗的な言葉を返して平手打ちされた。それでむしゃくしゃしてすぐに帰る気になれずに一階をうろうろしてたんだよ。」

咲田:「そしたら特別教室棟の長い廊下の突き当りのふすまが半分開いてて、中から灯りがもれてんのが見えた。何だろう?と思って行ってみたら、中から白い和服を着た女の人が出てきて手招きした。それで中に入ったら、お茶と和菓子を出してくれた。俺もその女の人もほとんど何もしゃべらなかったけどな。んで、その女の人の顔が担任の先生にそっくりなんだよ。」

咲田:「だけど俺がうろついてたのはせいぜい10分くらいだし、その間に先生が和服に着替えて髪も直してあそこにいるなんて不可能だよな。それにその女の人は完全にヒスがかってた担任とは違ってすごく優しかったんだよ。これははっきりと記憶にあるんだ。お菓子の味だって思い出せるくらい。だけどな、次の朝登校したときにそっちにまわってってみたら、その部屋はなかったんだ。皆の言うようにそこにあったのは給食室と、給食のワゴンを乗せるダムベーターだけだったんだ。不思議でしょうがないから、帰りに外にまわってみたんだが、やっぱりそこは給食室なんだ」

他の人:「そんなのない、ない」
他の人:「何か他の場所と勘違いしてるんじゃない。児童館の和室とか」

やはりこんな反応だったが、女子で一人だけ「そういえばふすまを見たことがあるような気がする」と言った人がいた。
あと担任の話が出たときに眉をひそめた人が何人かいたな。
嫌われていたからだろうか。

俺はといえば・・・咲田の話に思い当たることがあった。
ずっと長い間忘れていた記憶がそのとき一気によみがえってきたんだ。

俺はその当時、外掃除の当番。
最後に集めた枯葉を捨てに給食室の外を通ったら、サッシ窓のはずなのにそのときはガラスの奥に障子がはまってた。
で、それが開いているところがあって、変だなぁ?と思いながら中を覗いてみたんだよ。

中には咲田の話したような和服の女の人が長机の前に座っていた。
長机の上には緑色のモノが置かれていて、じたばたと動いていた。
それが何なのかよくわからないんで背伸びしてガラスに顔がふれるくらいに近づいた。
緑色のモノは目の細かい網で、それをかぶせられているのは何か毛のある生き物。
大きさからして猫だと思った。

暴れてはいるものの、網が完全にからまっていて動きがとれないようだ。
女の人は菓子箱から竹串を一本取り出して、猫を片手で机に押し付けながら無造作に体に押し込んだ。
よく見ると串はもう何本も猫の体に刺さって端が突き出していた。
女の人の白い和服の胸元が、赤黒く地に染まっていた。
猫は泣き叫んでいたと思うんだが鳴き声を聞いた記憶はない。

そのとき横顔になっていた女の人が、俺のいる窓のほうを見た。
まるでそこに俺がいるのがわかっていたかのように自然に目が合った。
その顔は咲田の言ったように担任の先生にそっくりなんだな。
ただし、いつも目を釣り上げている担任とは違って、そんな残酷なことをしているのに、すごく穏やかで優しい表情だったんだ。
女の人はつっと立ち上がって俺の方に歩いてきた。

それを見て俺は怖くなって走ってその場を逃げ出したんだ。
最後に振り返ると、女の人が俺に向かって手招きしていた。

教室に走りこんでランドセルをロッカーからとると、担任が教卓で書き物をしていた。
もちろん洋服で、こちらを見もしなければ”さよなら”の言葉もなかった。
ただ力のこもったペンの音だけが響いてたな。

もちろん帰りがけに廊下の曲がり口から特別教室棟を覗いたが、給食室のドアがあるだけだった。
その後は卒業まで一度もおかしなことはなかった。

同級会は2次会まであって、奥様連中を以外、多くが参加した。
そっから流れ解散になったが、とくに明日の予定もない俺は、咲田をさそってそこらのバーに入った。

俺が自分の覚えていた話をすると、咲田は「何であの場で言ってくれなかったんだよ」という顔になったが、やや改まった口調で、「俺は地元にいるから聞いたことがあるけど、担任はノイローゼで学校を辞めたようなんだ。それでずっと家に引きこもっていたんだが、もう10年くらいにもなるかな。お前がこっちを出て大学に行っているときだ。・・・自分の家の前を通る集団登校の小学生にケガをさせたらしいんだ。警察沙汰になったんだけど、精神のほうを病んでいるということで病院に入った。今も入院が続いているはずだよ」と言った。

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