ちょっと前に自殺したよ

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

私(男)が大学の近くの町に引っ越した時の事。

当時ほとんどの駅にまだ喫煙所があった。
私が利用する駅ではホームの一番端にあって、灰皿の周りに白いラインが書いてあり、上から見ると漢字の『回』のような形だった。

多くの人はその四角の中から一歩も出ないように気を付けるほど律儀ではなく、その付近で吸うという感じだった。(たいして混雑しない駅なので、少しも迷惑な印象ではない。世間が今より煙草に寛容だったし)
私がその駅を使い始めてすぐに、少々アブナイ奴が出没した。
180㎝以上ありそうな長身、ガリガリ、色白、暗い顔、おそらく20~24歳程度。(以下、A)

ある日そのAが、喫煙所のラインから離れた場所で煙草を吸っていた会社員男性の背後に近寄り、いきなり背中を両手でドンッと押したのだ。
私は喫煙しながら一部始終を見ていたのでかなり驚いた。

押された男性は当然「なんだお前は!?」って顔でAを睨み付けたけど、Aの表情を見てイカレてると判断したのか、それ以上何もせず去っていった。
Aは一言も口をきかず、アゴを前に突き出して相手を見下すような姿勢で、カッと目を見開いていた。

喫煙所はホームの一番端なので、煙草が嫌いならそこに来なければいいだけの事なので、煙が原因ではないと思う。
1~2週間後、そんな不意打ち攻撃の2回目を見たが、やられた方はAを見るとチッて感じで仕方なく引き下がっていった。
内心、ちょっと面白かったので遭遇を期待しないでもなかったけど、その後しばらくは出会わなかった。

ある日、イヤホンで音楽を聴きながら喫煙していたら、イヤホン越しに「キャー」と悲鳴が聞こえた。
悲鳴の方を見ると、あのAが16~18歳位の女性の髪をわしづかみにして振り回していた。
すでに周りにいた男性数名が止めに入っていて、女性はすぐに解放された。
Aは意外にも機敏な動きで、男性陣の包囲を振り切りホームに飛び降り、近くにある踏切へと逃走、そのまま町に逃げてしまった。

その後、その町で私はバイトを始め、仲良くなったバイト仲間とよく酒を飲んでいた。
ある酒の席でAの事を思い出したので話をしてみたら、その町で生まれ育ったバイト仲間がAをよく知っていた。(母親同士に面識があった)

バイト仲間:「ああ、それ○○だよ。この辺じゃかなり有名。昔は小学生の女の子に悪戯したりしててさ。女の子のいる親御さんとかは、Aの家に集団で抗議に行ったりしてたらしいよ。Aの親が家に閉じ込めて出さないようにしてたんだけど、だんだん凶暴になってきて、抑えきれなくなってたんじゃないかな。んで、ちょっと前に自殺したよ。知らなかった?」

酒の席がどよーんと沈んだ所で、バイト仲間がとどめをさした。

バイト仲間:「北口の○○堂って本屋あっただろ?あそこがAの実家。で、つい最近潰れたのは知ってるよね?なんかAがいなくなって両親、スッキリしちゃったみたいで、引っ越して新しい人生始めるみたい。なんか嬉しそうだったってさ」

怖さ、切なさの混じったような複雑な思いでした。

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