知り合いの話。
彼は夜中のランニングを日課としている。
近くの山中腹に城跡があり、そこの公園まで往復すれば、彼の足で小一時間。
手頃なコースなのだという。
普段は公園の入り口で折り返しているのだが、ある冬の日、ふと熱いコーヒーを飲みたくなった。
いつもは素通りする公園に入り、自動販売機でコーヒーを購入。
ベンチに腰掛けて、熱い飲み物を啜り始める。
月が冷たく無人の園内を照らしていて、これは中々の雰囲気だと悦に入る。
その時、闇の中からザッザッと砂利を踏みしめる音が近よってきた。
やがて月光の下、野暮ったいスカート姿の、背の高い人物が現れた。
一目見て仰天した。
そいつは首から上の頭部に、スーパーの紙袋を被っていたのだ。
何の呪いかその袋には、太いマジックで一面に図形が落書きされている。
大きさは様々だが、皆同じ形状の図形。
「簡略化された“目”に見えた」そう彼はいう。
そいつは一旦足を止めたが、またすぐに動き出すと、彼の隣に腰を下ろした。
向こうの体温が感じられるくらいに、密着した距離でピッタリと。
突然のことに逃げることも出来なかった。
相手は終始無言。
ひたすら不気味だった。
チラチラと盗み見る内、剥き出しになった膝に目が吸い付いた。
ゴツゴツした皿の形、強そうな臑毛の剃り跡。
「・・・こいつ、男じゃん・・・」
もう我慢が出来ず、コーヒーを必死で飲み下した。
出来るだけさり気なく立ち上がり、自販機のゴミ箱まで空き缶を棄てにいく。
そのまま振り返ることなく、足を次第に速めながら公園の出口に向かった。
追ってくる様子はない。
公園から出るや否や、全力疾走で走り出す。
最後に一瞬だけベンチの方を見たが、そいつはまだポツンと腰掛けていた。
後日、地元の高校生の間で、城跡公園に出る袋女が噂になっていると知った。
都市伝説のような調子で語られており、誰もその正体は知らないのだという。
「少なくとも、何かが袋を被って徘徊しているのは事実だ」
彼はそうボヤいていた。
彼は今でも深夜のランニングは欠かしていない。
しかし、あの公園に一人で寄ることは絶対にしないそうだ。
その甲斐あってかあれ以来、袋女には出会っていないという。