地元に伝わってる歌
『やれ音吉や』(おとよし、と読む、人の名前)
『下本郷』(しもほんごう、地名)
『これが泣かずにおられようか』
というのがあって、何で泣かずにはいられないのか?って思って調べてみた。
昔、下本郷という村に音吉という女がいた。
音吉は島の男のもとに嫁いだが、来る日も来る日も波の音ばかりの島の生活で、だんだんと下本郷の実家に帰りたくなってきた。
音吉は泳ぎがとても得意であり、島は本土から10キロほどしか離れていなかったので泳いで渡ることを決意した。
ある夜、夫が寝静まったのを確認した音吉は神に祈りをささげて海に足を入れ泳ぎだした。
海は鏡のようで音吉は楽々と泳ぐことが出来き、そして本土まで後2キロほどのところまでやってきた。
さすがに疲れた音吉が休めるような場所がないか、辺りを見回すと小さな中州(おそらく岩場のこと)が見えた。
「ちょうどよかった、ここで一休みしましょう」
音吉はそうつぶやいて疲れた体を中州に横たえた。
どれくらい休んだのか・・・もう泳ぎだそうとした時、海の向こうに船の明かりが見えた。
最初は本土の漁師の船だと思ったが1隻しかいない。
普通夜の漁ではたくさんの船の明かりで魚を呼び寄せるのに・・・。
音吉は不思議に思ったが、すぐに恐ろしいものを見てしまうことになった。
その船は夫の船だった。
夫は妻に逃げられたことが家の名誉を著しく傷つけることを憂慮し音吉を殺しに追ってきたのだった。
そしてそのことは音吉にも充分理解できることだった。
船の舳先にモリを構え恐ろしい形相で立つ夫の姿を見た時、音吉は背筋も凍る思いだった。
「このままでは殺される。この中洲にはいられない」と泳ぎだした。
しかし船には速さで勝てるはずもなく、かわいそうに音吉は夫にモリで突かれて殺されてしまった。
次の日、音吉の遺骸は下本郷の浜辺に打ち上げられた。
村の人や家族は深く嘆き哀しんだという。