俺の曾ジィちゃんは、国鉄時代汽車の運転手をやっていた。
生前、そんな曾ジィちゃんからよく聞いた話。
ジィちゃんの仕事は、もちろん汽車の運転なんだけど、どうしてももうひとつやらされる仕事があって、その仕事をやる日はもう嫌で嫌でしょうがなかったそうだ。
要するに「まぐろ拾い」である。
まぐろ拾いっていうのは、電車による事故(自殺)で体がばらばらになってしまった人のパーツを拾い集めること。
時代は終戦後で、汚いとか綺麗とか、違法合法なんて概念はそっちのけ、みんな生きるのに必死だった頃。
生きるのがつらくて死を選んでしまう人も、もちろん多かったそうだ。
ジィちゃんは運転手なので、基本的には汽車の先頭車両で、いつも前方を見ていた。
だから、飛び込んでくる人が丸見えなんだよね。
飛び込んでくるならまだしも、一番最悪だったのは線路の上に3、4人(家族)で寝ているのを見てしまったときだとか。
で、線路脇に立って電車を見てる人はいっぱいいるけど、これから飛び込もうって奴は、どんなに離れていても、顔が見えなくても、すぐわかるんだって。
なんでも、立ってる姿の上に、そいつの目が見えるんだって。
そいつの頭の上に、悲しそうな両目がぼやけて見えるんだって。
「飛び込む奴はそういう目をしてるんだ、わかるんだ」って言ってた。
それで曾ジィさんはある日、線路脇に飛び込みそうな奴が見えたから、また目の前で死なれるのがどうしてもどうしても嫌で、ブレーキを早めに掛けたんだって。
案の定飛び込んできたその男は、まだまだ若い奴で。
飛びこんだ時の勢いと合わさって、うまいように飛ばされちゃって線路脇のくさむらで、のたうちまわってたんだって。
「よかった、生きてる!」と思った曾ジィさんは、すぐに汽車を止めて急いでその男のところへ走って行ったらしい。
すると、男は「汽車が止まった、運転手、止めやがったなぁー。何で止めたんですか!!恨みます、恨みますよ・・・」って泣きながら叫びまくって、ゲロを吐いて、うわごとみたいに運転手(曾じぃちゃん)をすっげぇ責めたんだって。
だから曾じぃちゃんは、「バカいうな、死ぬんじゃない」とか色々説教してから、その男を、同僚(国鉄の人なんだろうね)にまかせて、自分はそのまま運転席に戻ったんだって。
そしたらその男、数日後にまた汽車に飛び込んで死んだらしい。
その男が飛び込んだ汽車っていうのが、曾ジィちゃんの運転してた汽車の、最後尾車両なんだって。
曾ジィちゃんは、男と知らずにいつも通りそのマグロを拾ってたんだけど、後からそれを知って、あまりに悲しくて腹が立ったそうだ。
「あいつ、死に損なった俺の汽車をわざわざ狙ってたんだろうな・・・」だって。