”あれ”は人間ではない

カテゴリー「都市伝説」

私は会社の地方事業所に転勤することになり、住み慣れた故郷を離れ、自然の多く残る里山の近くに移り住むことになった。

会社や社寮のある地域は森が道路の真横に生い茂り、夜になるとタヌキ、キツネ、イタチ、シカと様々な野生動物と遭遇する。
偶にクマやイノシシなど危険な動物が山から降りてくることもあるらしいが、その地域では、それらの猛獣以上にシカに気をつけるように言われた。

なぜなら、道路に飛び出たシカを跳ねてしまうと、一発で車がお釈迦になるからだ。
特に雄のシカは体が大きく、ぶつかると車体がグシャグシャになってしまうとか。

転勤から数ヵ月後、残業を済ませ夜に会社から寮へ帰り道を運転していた時、すぐ横に大きな山林が広がる道路にまで差し掛かった。
その山林横の道路は元々人の通る道でもなく、街灯も設置されておらず、夜は真っ暗になるので、徒歩で移動するのはご遠慮願いたいような場所だった。

その道はよく動物が飛び出す場所でもあり、会社への行き帰りに引き殺された死骸を見ることが多々あった。

イノシシとぶつかり、新車を駄目にした知人もいたので、その日の夜も念のためスピードを落として通過しようとしていた。

すると、道路横の茂みから車の前にポーンと茶色い何かが飛び出してきた。
飛び出してきたものとは距離も離れていたので、軽くブレーキを踏んで目の前を通り過ぎたものを確認すると、それは大きな雄シカだった。

雄シカはピョンピョン跳ねながら、向かいの林へと駆けて行った。
車にもぶつかることもなく、前もって注意していたのが功を奏したと一安心。

するとその時、さらにもう一体、シカが飛び出した場所から灰色の何かが飛び出してきた。

今度飛び出たものは車の目の前ギリギリを駆け抜け、車にぶつかるかどうかというところをすり抜けていった。

一体何とぶつかりそうになったのか?とバックミラーで後方を確認すると、そこには灰色の動物が直立していた。

シカやイノシシのフォルムではない。
クマにしては細すぎる。
何よりあんなに背筋を伸ばして立つ動物なんて知らない。
だからといって人間とも思えない。

一般人はこんな道にやって来ないし、猟師にしたって手ぶらなのはおかしい。
そいつは道路の真ん中に佇んでいたかたと思うと、スッと首を回してこちらを見てきた。

その時にはそいつと車は大分離れた距離にあったが、それでも車をじっと見ている姿がミラー越しにはっきりと見えた。

得体の知れないものに見つめられたことで言い知れぬ恐怖を覚え、私は車を飛ばして寮へ逃げ帰った。

妙な生き物が私を追いかけて来るようなことはなかったが、山林横の道路と寮はそこまで離れておらず、私を見つめていたあの生き物が寮まで追ってくるのではないか?と不安な一夜を過ごした。

あの夜以降、幸いにも私は灰色の何かと遭遇してはいない。
しかし”アレ”に遭ってから1つ気になっていることがある。

野生動物が絶えず引き殺されている山林横の道路。

あそこは“何か”に追われた動物が飛び出し、車に引かれているのではないか、と。

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