俺の実家は東北地方の山奥の村なんだけど、村には山奥の先に続く出入り口が何個かあって、その中の一つで起こったの話。
その山道は車がギリギリ通れない狭い道なんだけど、そこを通ると田んぼのある所まで時間短縮出来るんだよ。
学生時代、田植えや稲刈りシーズンに田んぼで作業してる家族に、差し入れのおにぎりや飲み物を持って、チャリでその道をよく通ってた。
村には昔から伝わる話があって、小さい時から耳にタコが出来る程言い聞かせられた事がある。
『もし山道にいる時に木を切る様な音や木が倒れる音が近付いてきたら、すぐに村さ戻れ。食いもんなんかは全部その場に置いてけ。じゃねぇと山から出られなくなんぞ』
そんな話を色んな村人から聞いてはいたものの、今まで育ってきて一度もそんな事に遭遇した事がなかったから、実際に直面するまですっかり忘れていた。
あの日もおにぎりと飲み物を持ってその山道をチャリで通ってた。
山道の中間地点辺りには山の神様を祀った小さな祠があるんだが、そこを過ぎた頃、
何となーく耳を澄ますと、遠くから「カーン・・・カーン・・・カーン・・・」って音がした。
最初は、誰か竹でも伐採してんのかな?ぐらいにしか思わなかった。
「カーン・・・カーン・・・カーン・・・」
何かさっきより近付いてきた・・・?
いや、自分が進んでるんだからそっち方向に誰か居るんだろ。
だが、しばらくして異変に気付いた。
おかしい・・・何かが変だ。
前に進んでいるはずなのに同じ景色だ。
山に居るんだから景色は大して変わらないと思うだろ?
違う、そうじゃない。
同じ場所から前に進まない、進めない。
その間も俺はチャリこいでるんだよ。
「カーン・・・カーン・・・カーン・・・・・・カーンカーンカーン・・・カコーン・・・」
俺、焦りだすも、木を切る様な音は段々と近付いてくる。
そこでやっとあの言い伝えを思い出した。
このままでは山から出られなくなると思った俺は、前に進むのを止めて下がってみた。どうやら後退する事は出来るみたいだ。
食べ物と飲み物はどこに置けばいいか分からず、さっき通り過ぎていた祠に供え、村に無事に帰りたいです!!どうかこれで守って下さい!とお願いして、村に向かって必死にチャリをこいだ。
その間も木を切る音はさっきよりも近付いてきていて、チャリをこいでいると後ろの木々がザワザワしだした。
すると突然、俺の真後ろ左耳側で何かが「も゛っも゛っ・・・・・・・・・ギェェ」と言った。
全身にブワッと鳥肌が立ち、冷や汗が止まらなくなった。
振り返る勇気はなく、一刻も早く村に帰りたい一心でもうコケそうになりながら立ちこぎ。
得体の知れない何かは、俺に張り付いているかの様にずっと左耳に息を吹き掛けたり唸り声を出してくる。
生きた心地がしなかった。
必死にチャリをこぎまくり、やっと村への入り口まで数メートルの所まで辿り着き、
やっと山から出られる!!!と思った瞬間、何かに髪の毛を引っ張られガシャーンと音を立てて転ぶ俺。
もうダメだと思った瞬間、軽トラに乗って通過しようとしていた近所のおっさんが転んでいる俺を見つけて、慌てた様子で農作業用の長い鎌を持って走ってきた。
おっさんは鎌を振り回し「早う山さ帰れ帰れ!!」と大声で怒鳴り、俺の後ろの何かを追い払っていた。
その後はおっさんに起こしてもらい、チャリを軽トラに積んで家まで送り届けてもらった。
送ってもらっている間、おっさんに俺の後ろに何が居たのかを聞いたら、「猿みたいな、猿ではない、ボロ切れをまとった黒いもの」とだけ言った。
恐怖が勝った俺はそれ以上それについて聞くのを止めた。
他にもこの地方では変な話がたくさんあるけど、この話はこれで終わり。