息子の学校では毎年六年生が夏休みに運動場にテントをはって一泊するという行事があり、父兄はボランティアで色々な手伝いをしなくてはならなかった。
日中は仕事で手が空かない俺が参加出来る手伝いは少なかったのだが、そのなかでも比較的楽で面白そうな肝試しのお化け役というのに参加することにした。
前日までの打ち合わせ等は特に無く、配布されたプリントに指定されていた時間に集合場所に向かった。
そこで役員から流れと各自の配置場所を説明され、俺は指定された四階の美術室に隠れる事になった。
あらかじめ用意してきた嫁の白いワンピースと、貞子風のかつらをつけて準備万端、わくわくしながら子供たちが上がって来るのを待つ。
予定では10分後に開始。
俺の所に到着するまでにはもう少し時間がかかる。
とりあえず暇なので携帯でゲームでもするかと取り出すとなぜか電源が切れてた。
ちょっとびびったけど、古い機種だし朝から充電してないから普通に電池切れだと自分に言い聞かし大人しく待つことにした。
しばらくすると子供たちの悲鳴が聞こえだした。
一番最初はかなりびっくりしたけど、そのドキドキはすぐにわくわくに変わった。
ワーキャーキャ言う声が遠くなったり近くなったりするのを聞きながら頭の中でイメトレを繰り返した。
ちなみに俺がやるお化けは磨りガラスの前を子供たちが通る瞬間に「バン!」とガラスに張り付くというもの。
どれくらいのタイミングで出ればいいのか等と考えているうちに一組目の子供たちがやってきた。
磨りガラス越しにタイミングを見計らい、真横を通る寸前に「バン!」とやった。
「ヒッ!」
「えー何々?!」
思ってた反応じゃない、これはミスった。
次こそ決めてやる!と息巻いていたのだが、二組目、三組目も同じ微妙な反応。
お化けって意外と難しいんだなぁ・・・と思いながらもその後もやってくるグループに試行錯誤した。
グループ数も残り僅かになったのに未だに成果を得られなかった俺はとうとう磨りガラスを開けて直接驚かそうと決めた。
次のグループが近づいてくる。
真横を通ったその時、今までの不甲斐なさを一層するように力一杯窓を開け、貞子というよりはフランケン的な雄叫びをあげた。
しかしそこには誰もいない・・・。
ん?んん?なんだこれ、さっきのは見間違えか?
首を出して外を除くと長い廊下が続いている。
階段は少し離れているので逃げ降りたとも思えない。
気持ち悪くなった俺はとりあえず最初の集合場所に降りる事にした。
ビクビクしながら一階に降りるとそこには誰一人居なかった。
肝試し組の手伝いは出払っているとしても、役員や肝試し後のキャンプファイア組の手伝いまで見事に居ない。
本気で怖くなった俺は「すみませーん!誰かー?」と大声で叫んだ。
すると奥の教室の扉が力一杯開いて「うるさい!!」と怒鳴られた。
しかし、それは人型の影のようなもので、おおよそ人間とは思えない。
「ヒァッ?!?!」とかなんとか変な悲鳴が出て一目散に自転車まで走りそのまま自宅へ帰った。
貞子の格好のままだったがそんなことはどうでも良く、帰り道もみんな驚いた顔でこっちを見てた。
それもどうでも良かった・・・。
家に入って嫁の「ギャー」という声を聞いて初めて安心して恥ずかしながら泣いた。(嫁も泣いてた)
とりあえずかつらを外し、さっきの出来事を嫁に説明していると俺の携帯が鳴った。
電話は学校からで、お化け役で参加してた筈の俺がどこにも居ないので連絡したとのこと。
謝罪と、今は家に居ること、理由は明日説明しに行きますと伝えて電話を切り、その日は風呂もトイレも嫁に同行してもらった。
因みにベットでようやくウトウトし出したときに電話の電源が実は生きてたと気付いてまた寝れなくなった。
翌日、信じてもらえないのを承知で説明に行った。
頭がおかしくなったと思われても、また来年同じような事があったら困るから一応正直に伝えとくべきだと思ったから。
しかし話を聞き終えた役員は想定外の反応を見せてくれた。
俺:「信じてもらえるんですか?」
役員:「私は正直幽霊などを信じません。しかし私の知り合いが昨夜自転車で必死に走る貞子のような人を見たと教えてくれました。確かあなたは貞子風の衣装だったので、あぁこれはきっとあなただと思いました。その様子はかなり一心不乱で怯えている様だったと伺ったので、きっととても恐ろしい思いをしたのかなと想像しました。幽霊の居る居ないは別としても、このようにボランティアの方が精神的に不安定になる行事は継続を検討せざるをえません。話していただきありがとうございます。」
そうして翌年からは肝試しが撤廃され、体育館でのカラオケ大が開催されるようになりました。
ちなみに息子に美術室の前を通ったときどうだった?と聞くと、「なんか机とか椅子がガタガタ動く音がしただけで怖くなかったよ」と言っていました。
俺は一生懸命どこで誰を脅かしていたんだ・・・。