お断りしておきますが、この話は実際にあった山岳遭難事故ですので諸事情により、地名・人名など固有名詞は全て省かせて戴きます。
文化の日と週末の三連休を利用して、前夜発日帰りの山行に出かけたました。
いい山行で天候は安定していて当分秋晴れが続きそうで、ちょうどその地方の低山は紅葉が見頃になる時期で何とも華麗な眺望です。
手軽な山でしたから、親子連れも随分いました。
ところが昼過ぎになって、道を間違えたことに気がつきました。
慌てて地図を読みながら、もと来た所に帰ろうとしたのですが、どういうわけか、どうしても尾根筋に戻れません。
そうこうしているうちに日が暮れてきます。
その日のうちに下山するのはすっぱり諦め、風の当たらない場所でビヴァークの支度を整えて夜をしのぐことにしました。
レスキューシートと細引き縄で夜露避けに簡単な天幕を張り、ありったけの防寒具を着込んで寝るともなく、うつらうつらしていました。
夜半、はっと目を覚ました。
子供の声がします。
半泣きで親を捜している様子で親子連れでハイキングに来て、はぐれたのかな?
マグライトを灯け、声のする方に光を向けて呼びかけました。
「こっちだよ、おいで」
また別の声がしました。
やっぱり半泣きで親に助けを求める声でした。
兄弟ではぐれたのかな?
もう一度呼びました。
「おいで、こっちだよ。おいで」
またまた別の子供の声がした。
何か変じゃないか?
うろたえている間にも、声はどんどん増えていき、しまいには何十人もの助けを求める子供の声が、夜明けまでわんわんと、こだまし続け・・・。
こんなパニック状態で動いたら本当に死ぬ・・・と、夜明けけまで必死で待ち、あれほど見つからなかったのが嘘のようにあっさりと辿り着いた下山道を、逃げるように下った。
下山口近くの公衆電話でタクシーを呼び、ようやく人心地がついた。
運転手さんと四方山話をするついでに、夕べの怪異の事をちょっと尋ねてみました。
あの辺、何か因縁話でもあるのかい?
タクシー運転手:「あるどころじゃありませんよ、お客さん」
迷い込んだ斜面、そこで、かつて小学校のハイキング一行が天候の急変に遭い、まともな雨具の用意もない状態で風雨にさらされた数十人の子供達が、疲労凍死するという痛ましい事故が起きたのは、まさにその場所だった。
ご冥福をお祈りいたします。