中学生の頃に、学校の先生が体験したお話です。
若い男性の教師で、趣味が登山だったのだそうです。
ある日の早朝、先生は、友人と2人で、近場の山に出掛けました。
それ程、高さがない山なので半日ほどで登頂、下山が出来ると踏んだ彼らは、山の両端から一人で登り、山頂ですれ違い下山をするという方法をとる事にしました。
そうすれば、夕方には、麓へ達する事が出来るはずでした。
先生が早速、歩き始めた矢先、激しい雨が降り出しました。
ぬかるんだ土に靴を取られつつ、数時間歩くうちに、雨は止みましたが山頂へ達する頃には陽が沈んでしまっていました。
幸い登山コースには、道なりにロープが渡してあります。
暗い山道への不安はありましたが、持参したライトを点け、注意深く下山を試みる事にしました。
小一時間ほど歩いた時、前方に人家を思わせるような灯りが・・。
木々の隙間から、ちらちらと光って見えます。
しかし、その山中に建物があるという話は聞いた事がありませんでした。
不審に思いながら、歩き続けていると・・・その「灯り」が、登山コースの路上にある、なにか
小さなものが光っているらしい事に気がつきました。
更に近づいた時に・・・その「灯り」には、目と鼻と口がある事が見てとれました。
そして、灯りを覆う、人がたの黒い影が。
登山コースの路上に、髪の長い女性が立っていて、その「顔」が、ほの白く常闇で光っているのでした。
・・・・!!!
先生は悲鳴を噛み殺しました。
助けを求めようもない、人けのない山中です。
どのように逃がれるべきかを、必死で考えました。
引き返して、反対側の斜面から下山をする体力は、残っていません。
となると、一本道ですから、前方にいる、得体の知れないものの傍近くを、避けて通るわけにはいきません。
ロープを握る手に、冷や汗が滲みます。
そして・・・前方の「なにか」を無視する格好で、その脇をすり抜け下山をする事にしました。
「見てない・見てない・俺はなにも見て・ない・・」
心の内で念じながら、歩を進める先生。
そして、その「顔が光っている女性」のすぐ横を通った時、前方の虚空へ向けられていた顔が、先生へと向けられました。
先生の歩みに合わせ、顔がゆっくりと移動します。
両者が、完全にすれ違いになった次の瞬間、耐えられなくなった先生は、全速力で山道を駆け降りました。
恐怖に駆られ走り続け、しばらく後、山道が途切れ開けた平地へと辿り付きました。
息を弾ませ、しばし、放心する先生。
その肩を背後から何者かが軽く叩きました。
咄嗟に、先生は頭を抱えてしゃがみこみ「ひーーーーっ、ひーーーーーっ」と、声にならないような、掠れた悲鳴をあげました。
その肩を更に強く掴み、「おい、大丈夫か?」と、声を掛けたのは、懐中電灯を手にした友人でした。
先生の友人の方は、早い時刻のうちに、登山を断念していたとの事。
一向に下山して来ない先生を心配して、麓のあちこちを捜索してくれていたのでした。