これは、今から20年ほど前、東京都のある小学校で噂になったオバケの話です。
学校のトイレに出るとよく噂されるのは花子さんですが、その学校のトイレに現れるのは、ムネチカ君というオバケです(注・閲覧者の皆様の身近にいる「ムネチカ」さんとは一切関係ありません)。
ムネチカ君の噂が囁かれるようになった発端は、当時、体育委員に所属していた本郷君(仮名)という生徒の奇妙な体験からです。
本郷君はその日の放課後、人がいなくなった頃にトイレに行きました。
小用を済ませて帰ろうとすると、突然、「頼みます。頼みます」と、背後にある個室の中から声がしました。
本郷君は驚きましたが親切な性格だったので、扉の前まで行って、中にいる人に返事をしました。
「どうしたの。紙がないの?」
本郷君は、自分でそう言いながらゾクッとしました。
昔からある怪談を思い出したからです。
「カミがない」と言われてトイレットペーパーを持っていったら、「そのカミじゃない。この髪だ」と言われてトイレに引きずり込まれる・・・という怪談です。
夕方の、誰もいない学校のトイレにいるという状況から、その怪談を体験しようとしているのではないかという想像が芽生え、本郷君を不安にさせます。
ところが、個室の中にいる声の主は、全く別のことを言ってきたそうです。
「お願いです。ドリンク剤を買ってきてください。校門の前の××薬局でムネチカと言えば渡してくれます。あれがないと僕はもうフニャフニャフニャ・・・」
最後の方は声が小さく、意味不明な呟きになりました。
本郷君は心配になり、急いで××薬局まで走っていきました。
「ムネチカ君のツケにしてください」
本郷君はそう言いましたが、薬局の人には何の事かわかりません。
仕方なく、本郷君は自分のお小遣いでムネチカ君に言われたドリンク剤を一本買い、学校のトイレに戻りました。
「どうもありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
本郷君はトイレのドアの下にある隙間からドリンク剤を差し入れました。
その時に見えたムネチカ君の手首には、金持ちの大人がするような金と銀のベルトの腕時計が嵌められていたそうです。
ドアの向こうから瓶の蓋を開ける音がして、それから中身を飲む音も聞こえてきます。
そして、飲み終わると直後に、ムネチカ君は叫びました。
「ファイト!!いっぱぁつ!!」
さっきまで弱々しい声――本郷君にはオカマの人みたいな声に聞こえたらしい――だったのに、その時はシュワルツェネッガーのような声に変わっていたそうです。
ムネチカ君はトイレの中でドアや壁を蹴って暴れ始め、怖くなった本郷君はそこから逃げました。
これだけなら、ムネチカ君はドリンク剤が欲しかった、ただの変な人ではないかと思う人もいるかもしれません。
ですが、それから本郷君と同じように、その男子トイレでムネチカ君にドリンク剤を買ってきてくれと頼まれた生徒が何人もいます。
たくさんの生徒が本郷君と同じ体験をしましたが、もしその生徒が誰かを連れて帰ってくると、ムネチカ君はその時には、決まって個室から姿を消しているそうです。
また、もしムネチカ君が言ったのとは違うドリンク剤を買ってくると、ムネチカ君は怒り狂い、眠れなくなるような恐ろしい脅し文句を言ってくるらしい。
ムネチカ君の噂はもう一つあります。
ある日の放課後、関君(仮名)と竹本君(仮名)という生徒がトイレから持ってきた新しいトイレットペーパーで遊んでいました。
紙の端を持ったままボーリングの玉のように廊下に転がすと、トイレットペーパーがシュルシュルと伸びていく。
それが面白くて、二人は何度もそれで遊んでいたのです。
その日、二人はムネチカ君のトイレの前でそれをやっていました。
関君が思いっきりトイレットペーパーを投げると、上手くいって20mくらい紙が伸びました。
その時、突然誰もいないはずの男子トイレから、ムネチカ君が飛び出してきました。
「駄目じゃないか、駄目じゃないか、駄目じゃないか、駄目じゃないか、だーめじゃないか、だーめじゃないか、だーめじゃないか、だーめじゃないか」
ムネチカ君はそう言いながら投げられたトイレットペーパーの先まで行き、それをすごい勢いで芯に巻き戻しながら二人に迫ってきたという。
二人は驚いて逃げたので、ムネチカ君の顔はよく見なかったといいます。
その後、関君がトイレに行くと必ず、一度ほぐれてまた巻き戻したようなクチャクチャのトイレットペーパーが置かれているそうです。
花子さんには、「いじめられて死んだ女の子」
「変質者に殺された少女」など正体にまつわる多数の噂がついてきますが、ムネチカ君の正体については、まだ謎が多いそうです。