車中泊が好きで、あちこち回ってる。
最大のメリットは、宿泊場所を選ばないこととすぐに移動できること。
できればSAや道の駅を利用することにしているが、その日は、ちょっと暑かったんだ。
平地では寝苦しくなることが予想されたので、一夜の宿を求めて山へ向かった。
標高の高いところならば比較的涼しいかなって、これは経験から。
とはいえ、人家がまるでないような山中はさすがに怖い。
20kmぐらい登ったかな?
小さな集落のはずれに、公園のようなものがあった。
街灯がないため、はっきりとは分からないが、数台分の駐車スペースがある。
たぶん公園だろう。
人家の灯りが見えるのは心強い。
ここを宿に決めた。
シートを倒し、カーテンを取り付け、マットを引いたら出来上がり。
暑いのでタオルケットを被り、スマホ眺めながら横になった。
長時間運転していたので、すぐに眠くなる。
何時ごろだろうか、小さな物音で目がさめた。
ガサガサというかゴソゴソというか、車の周辺に気配がするんだ。
カーテン越しにぼんやり映ってた人家の灯りは消えている。
車が通る音も聞こえない。
カエルや虫の声はかすかに聞こえるが、それらとは異質の気配だ。
警官の職質だろうか?
それとも近所の人が不審に思ったのか?
そういうケースなら懐中電灯でこちらを照らそうとするものだ。
起き上がって怪しい者ではないことを説明しなければならない。
だが、灯りはまったくない。
真っ暗だ。
ガサガサ、やっぱり音がする。
地面を這ってるような、車を撫でているような、そんな音。
それだけではない。
「ぅぅぅ」といううめき声みたいな声が小さく聞こえる。
俺はパニック状態に陥った。
まんじりともせず体を固くして、眼だけはカーテンのほうを見ていた。
するとカーテンが揺れた。
風かな?
風が入るように少しだけすべての窓を開けている。
だけど、風になびくのとは明らかに違う。
風なら全体がなびくのに、上部だけが盛り上がるようにして揺れている。
しかも、左側だけでなく右側も、同じように揺れ出した。
違う、これは揺れているんじゃない。
空いてる窓の隙間から、誰かが何か(棒?指?)を差し込んで突いているのだ。
限界だった。
叱られても構わない。
110番しよう。
スマホの灯りでパッと周辺が明るくなった。
すると、音がピタッとやんだ。
カーテンの揺れも徐々に収まった。
え?なに?なんだよ!気配は完全にやんだ。
カエルと虫の合唱だけがのどかに響く。
俺は勇気をふりしぼって運転席へ移動し(運転席は倒していない)、エンジンをかけ、パワーウィンドウですべての窓を閉じた。
異常はないが、もはや暑さどころじゃない。
よし!逃げろ!
ヘッドライトをつけてから、バックシートにもどりすべてのカーテンを引っぺがす。
何もない!ないことにしよう!絶対なにもない!
再度運転席に戻る。
駐車場を飛び出すと、少しだけ落ち着く。
しばらく山道を下ると、コンビニが見えてきた。
とにかく人に会いたかった。
俺は迷わずコンビニに飛び込む。
「いらっしゃいませ!」
元気な声がする。
涙がでるほど嬉しい。
だが、店内に入るなり泣き出す男がいたら不審者だ。
俺はできるだけ平静を装った。
しばらく店内を回ったらようやく気分が落ち着いてくる。
カプチーノとビール(もう帰る!帰ってから飲む!飲まなきゃ眠れない!)とつまみを買った。
勘定を払いながら、店員に聞いてみる。
俺:「この先の公園、もしかして、昔、何かあったの?」
店員:「はぁ?」
きょとんとしている。
俺:「2~3キロ先で、分かれ道を左に曲がったすぐ先」
店員:「・・・ああ」
納得している様子だ。
店員:「○○円のお返しです。えっと、あそこは公園じゃないです。」
俺:「え?」
今度は俺がきょとんとなった。
店員:「慰霊碑です。10年ぐらい前の大雨で、土砂崩れが起きて、あの辺りの家が何件が埋まったんです。」
俺は無言で商品を受け取ると店を出た。
俺:「あ・・・」
つい声が出る。
降りるときには気がつかなかった。
店の灯りに照らされた愛車を眺めると、ボディも窓も、うっすらと泥で汚れていて、いたるところに泥の手形がついていた。