四年前。
田舎から上京して、安いアパートはないかと不動産屋を探していた。
今にして思えば、「家賃が安いこと」ばかりを気にしてて、他の条件はあまり頭になかった。
とある不動産屋で予算内の物件を勧められ、下見のために地図と鍵を渡された。
人(スタッフ)が出払っていて、案内は無し。
自分一人で歩いていった。
当時は雪が五センチくらい積もっていて、歩きにくかったが、間もなくアパートに着いた。
アパートの外観は「可もなく不可もなく」といった感じだった。
地図を広げて、本当に場所が正しいかどうか確かめていて、背後にある大きな家の方に目を向けてみた。
もの凄い形相をした中年女性が、二階の窓から自分を見ていた。
一瞬、自分が何か悪いことでもしたのか?と思うような雰囲気だった。
女は顔を引っ込めたかと思うと、玄関から飛び出してきて、地図を断りもなく覗きこんだ。
地図にはアパートの箇所に、赤ボールペンで丸が書いてある。
「あんた、ここに住むの」
睨み付けるような目で言ってきた。
「◯◯不動産…あの人たち、なんで…全然懲りてないじゃない」
何か知ってそうな様子だったので、聞いてみた。
女は足が冷えるのを気にしたのか、「うちに来て」と言い、玄関の所まで手を引っ張って行った。
女が言うには、そのアパートには昔、ある女子大生が住んでいたのだという。
田舎から通学のために上京していて、アルバイトをしながら暮らしていた。
が、入居してしばらくたった頃から、男につきまとわれるようになった。
ストーカー防止法などといったものは当時はなく、一度は警察沙汰にもなったのだが、「実害が発生していない」ということで、男がその行動を制限されるような事にはならなかったらしい。
ある日、女子大生が何日も登校して来ないのを不審に思った友人が、アパートに様子を見に来た。
鍵は開いていた。
女子大生はロフトのはしご部分に紐をくくり付け…。
その男が何者だったのか、その男が原因なのか。
何か責任を問えたのかについては、中年女性の話からは分からなかった。
ただ問題なのは、その部屋の「その後」についてなのだという。
管理していた不動産屋が、簡単なリフォームを済ませただけで、次の入居者を入れてしまった。
その入居者は一か月と経たないうちに、前の住人と同じ状況になってしまったらしい。
「御払いとかしなかったんですか」と訊いたところ、中年女性は、「祟りを認めようとしない不動産屋もある。あちらにしてみれば、経費はかかるわ悪い噂が立つわで、メリットがない。あんたが下見する部屋が果たして、その部屋なのかどうかは知らないけど、世話をしてもらう不動産屋はそういったタイプの所だよ」
話を聞かされながら、アパート二階の窓をちらっと見た。
ひとつだけカーテンの無い窓があった。
すりガラスで出来た窓の向こう側から白い顔がこちらを見下ろしており、すっと奥に消えて行った。
中年女性はずっとこちらを向いて喋っていた。
が、こちらの表情が一瞬で硬直したのが分かったらしく、すぐに家に入って行った。
その後、不動産屋に鍵と地図を返しに行った。
不動産屋は別の物件を熱心に薦めてきたが、聞く耳は持たなかった。