母方の祖母から聞いた話。
何十年も前のこと。
その日、祖母は珍しく夜更けにふと目が覚めたそうだ。
喉が渇いた。
水を飲もうと台所の灯りをつけたところ、台所から続いている土間の方から「スミマセン、スミマセン」と声が聞こえた。
おそるおそる土間の様子を伺うと、どうやら土間の先から繋がっている土蔵の中に誰かがいるらしい。
声の調子から女性のようだが、蔵の扉には外から閂がかかっているし、扉以外には人が入れるような窓も無い。
祖父を起こそうとも考えたが、一度寝付いたらなかなか起きない人・・・。
相手は女性のようなので、危険はないだろうと思い、祖母は取り敢えず「どなたですか?」と声をかけてみた。
そうすると、蔵からは早口な喋り方で「コチラに迷い込んでしまって、出るに出られなくなってしまいました」と聞こえた。
これは不思議だ。
どうやって入ったのかと問うても、「ナンマンダ、ナンマンダ」と繰り返すばかり。
祖母はかわいそうに思い、出してやろうと閂を上げようとしたが、閂は何故だか動かない。
普段は1人で上げ下げしているのに、その日は重石をかけたように動かなかったのだという。
仕方が無いので「私の力では開きませんので、お父さん(祖父のこと)を呼んできます」と伝えると、「それには及びません。空が白んでまいりましたので、元来た道を探します」と聞こえた後に、バタン!バン!と扉を開け閉めするような音がして、その後の倉は静まりかえるだけだったらしい。
祖母が翌朝に目が覚めた時には、あれは夢か幻かじゃないか?と思ったそうだ。
しかし、祖父にその事を伝えると、「お前さんは狐にからかわれたんだよ!ガハハ!」と笑った。
なんでも、早口であったり無闇に姿を見せないのは、狐が化けた時の特徴なんだそうな。
家の裏手は小川が流れる森となっており、当時は狐やムジナ、狸やらがいたらしい。
しかし祖父には「待てよ、ただの狐に仏教は分からんかも知れんな」と思うところがあったらしく、蔵の中をくまなく調べてみたところ、床板の下にそれは大きな木箱が埋まっていることに気付いた。
木箱を掘り起こし、おそるおそる開けてみると、中にはさらに黒々と輝く立派な扉。
仏壇だ!
蔵にはそれは立派な仏壇が埋まっていたのだ。
仏間には仏壇を置くための2畳ほどの小部屋があったのだが、置いてある仏壇の大きさに対して置き場が大きすぎた。
掘り返された仏壇は、誂えたように仏間の小部屋に収まった。
祖父:「もともとこれを置くための部屋だったんだな」
祖父はそう言った。
古来から何度か戦火に見舞われた土地であったため、家財である立派な仏壇を隠しておいたまま、いつしか忘れられてしまったのだろう。
それ以降、母方の実家では、裏手の小川のほとりに稲荷の祠を立て、奉っている。
とある大きな地震に遭った際、土蔵も、そこから見つかった立派な仏壇も潰れてしまったが、幸い家中に怪我人は出なかった。
「お稲荷様のおかげだろうて」とは、当時存命であった祖母の言。
祖父も祖母も既に他界してしまい、事の真偽は確かめようがない。
しかし、稲荷の祠は新調され、今でも家を見守っている。