ひとごろし

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

その事故はどう考えても若者の過失だった。
彼の車が轢いた幼い男の子は死亡。
遺族は若い母だけだった。
若者は過失を認め、母親にできる限りの賠償を約束した。

だが、予想に反して母親はそれを辞退した。

「お金をもらってもあの子はもう帰ってきません。その代わり、あなたにして欲しいことがあります」

何でもできることなら、と若者が請け負った。

どんな難題かと思いきや、それは、月に一度、自分に葉書を送ってくれというだけのことだった。
しかも、母親はあらかじめ宛名の書いた葉書を束にしてよこした。

「裏には何も書かないでいいです。ちょっとでも何か書かなければいけないと思うと負担でしょう?」

若者は、快くその条件を飲んだ。
内心、そんな簡単なことで許されるのが嬉しかった。

葉書は、全部で5年分あった。
それが無くなればもう何もする必要はないという。
・・・2年後、離れた町で働き出した若者は、心からあの約束を後悔していた。

最初は、こんなことで済むのかと軽い気持ちだった。
だが、思い出すのだ。
葉書を投函する日が来るたびに、あの事故のことを。
今では、最初に金で解決してしまわなかったことが悔やまれる。

若者はだんだん、月に一度の葉書の投函が嫌になってきた。
母親からは何も言って来ない。
もう、止めてしまってもいいだろう。
いい加減、忘れたいのだ。

ある日、若者は残りの葉書を燃やそうとライターの火を近づけた。
すると、何も書いていない葉書の裏から、文字が浮き上がってきた。
あぶりだしのようだ。
若者が覗き込むと、文字はこう読めた。

「ひとごろし」

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